令和8年お盆挨拶

ひとは他人の思いを知ることはできません。自身が同じ境遇に立つとき、はじめて他人の思いを知るのでしょう。もしかすると自身に降りかかる悲しみは、他人の悲しみを知らせていただくご縁なのかもしれません。 仏教を学ぶということは仏さまの心を学ばせていただくことです。それはすなはち他人の悲しみを自らの悲しみとして受け止めていく心です。そのことを善導大師は「学仏大悲心」と示されました。それは決して他人より賢くなるために学ぶのではなく、他人の悲しみを知るものに育てられていくことが仏教を学ぶことの意味なのでしょう。 仏さまの心を学び、その心を人生の目標として生きていくなかに、そうではない自身の心に気づかされます。そのような状況を反省の意を込めて親鸞聖人は「凡夫」とお示しくださいました。念仏者とはそのような仏さまのお育ての中を生きているのです。合掌

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