浄土真宗 単立 泰心山 西栄寺では、永代供養、仏事、葬儀、法要などのご相談をお受けしています。大阪市、堺市、 尼崎市にあるみなさまのお寺です。

泰心山 西栄寺
 
 
 
 
西栄寺 おもしろ住職の一言
 

いよいよ年の暮れ、寒風に国旗がたなびいている。
政治のことは分からないが、政府もリーダーが変わり
来る年に向けて色々愚案を巡らし、より良い道を見定めるのであろう。

それにしても、このたなびく国旗を一年間守ってくださった、
先輩諸子には心から感謝したい。

来年もこの国旗が燦然と輝く、誇りある国にしてもらいたいものである。

関係諸氏方々、今年一年ありがとう、
そしてご苦労様でした。
(-人-;) 

 

 

冬の薄暗さか、朝八時半なのにまだ街灯が点いている。
年末押し迫った今日、巷ではもう連休が始まっているようだ。
しかしそんな中、世のお父さんの中にはまだまだ頑張っている人もいる。
師走真っただ中、身体を壊さない程度に頑張ってもらいたい。

わが寺では明日はもちつきと除夜会。
一年の締めくくりとして、みんなで今年一年に感謝し、
来る年を気持ちよく迎えようとしている。

みんなそれぞれの家庭、なにもなかった一年。
そんな平穏な幸せを味わっている。

山門にはりっぱな門松も立った。
年末年始の空気が漂う中、借金取りも東奔西走しているころか?
追われるものは逃げまわり、おもしろい捕り物騒動もあるであろう。

幸いにして今年は借金取りに追われることもなかった。
来年はどうだろう?

また来年も何もなかった平穏な幸せをつかみたいものである。
(⌒▽⌒)/

 

 

わが寺にはちっぽけながらも池があり、
近隣の人たちがもってきた金魚のでかいのとか
いろいろ雑多に入っている。
今朝はそれを狙った鷺をたまたま発見。
上空より敵情視察しながら合間を縫って飛来してくる。
鷺にして見たら、食っていかなければならない現実がある。
しかし かわいそうなのは金魚である。

冷静になって近くで見ると鷺はほっそりした美しい姿である。
複雑な思いの住職。

されど見れば追っかけまわす、悲しき人間の性。

鷺から見れば憎たらしい親父であろう。
ヽ( ´_つ`)ノ


 

 

時期的にもにも年齢的にも、心なしか歳が迫っている。

連休明けの窓を見ると、恐らく出勤途中のお父さんの姿。
今朝も嫁子供に背中を押されて、年末の忙しさと闘っているのか?
下界には七人の敵がいるというが、頑張って欲しいものである。

しかし我も年老いたのか、関節が痛い!
今朝など胸に痛みを感じる。
72年使ってきた身体、それはそれなりに痛んでくるのであろう。
いつかどこが再生不能に陥り、去っていくのか。
我が命、与えられた命、いつ終わりが来るのか分からないが、
それまで有意義に過ごしたいものである。

いつきてもいい、いつやってきてもいい。
日々我薔薇色の人生なり。
生きている今がとても楽しい。


 

 

昨夜、開教寺院としてある若い僧侶が東北で頑張っている話を聞いた。
ここ関西において、都市開教寺院を目指しているお坊さんは多々知っているが、
それなりにご苦労なさっている。
地方都市においてもやはり苦労はあるだろうが、
がんばっている志あるお坊さんがあられることに感銘を受けている。

当西栄寺も苦節三十年、あまりにも大きくなりすぎた為、
いろいろな矛先がこちらに向いているようである。
最近こそ悪態をつく輩は少なくなったが、
それでも巷ではいろいろ言われているのであろう。

きっと寒さひとしおの仙台において、旗印を掲げ頑張っている勇姿。
お会いしたことはないが頑張っていただきたい。
寺の名前も「みんなの寺」という名前らしい。
名前からして斬新で、またみんなに支えられる住職の心が
ジーンと伝わってくる。

機会があれば是非お会いしたいものである。
フレーフレー♪

 


 

 

世の中、機械化がされて便利なものが溢れている。
メモからスケジュールから、何でもかんでもパソコンの世界。
私から言わせれば、「いったいどないなっとんねん!」
でもこれがなければ、スケジュールから寺院全てが管理が出来ない。

我が寺でも最初は手帳にメモしていた。あの頃が懐かしい。
今では寺院管理はもちろんのこと、納骨堂に到るまで
全てコンピューター化。

されど今日は怒り心頭に達している。

寺院ではあるD社の機械を使っているのだが、
定期保守料と称し年間25万円払っているのだが、
実際に機械が止まったからといってさらに31万円の
振込用紙を送ってくる。

いったい何の為の定期保守料か?

たった一機しかない機械。
しかも稼働率といえば一日数回程度、
そんなに壊れやすい機械を作っているのか?

火曜日には談判にいくぞ!!
ヾ(。`Д´。)ノ彡☆ブーブーッ!!

 


 

 

今日は堺方面に慰問団の一員に加えていただくことになり、
はしたない話であるが、お伺いさせていただくことになっている。
今月は5回目の講演であるが、寒い中時間を割いてきてくださる方々に、
まさに感謝である。

一回一回勉強させていただいているが、
お話をするという話術も方法も全て独学の私、
その場その場を楽しい会にしようと思うものの、
果たして聴衆の方々はどう感じてくださっているのだろう?

しかし慣れとは恐ろしいものである。
当西栄寺のこころ塾も70回目を迎えようとしている。
行き詰るという恐ろしさも忘れ、一回一回その与えられた
小一時間を何とかクリアしているに過ぎない。

まだまだ勉強しなければならないであろう。

さ〜て!今日も楽しい講演会にならんことを!
(*^▽^*)


 

 

布団の中が恋しい・・・

わが寺では毎日7時45分より朝のお勤めをしているが、
勤行の時間は開け放たれた本堂に座し
それぞれ重々しく勤行に精を出している。
このけじめが大事だと思っているが、本音はやはり布団が恋しい。

お勤めが終わり、寒風にはためく国旗と仏旗を見るたびに、
心に一本ピンと筋が通っているのを感じる。
何事にもキリット締まった生活が大事であろう。

朝のお勤めは誰でもお気軽に参加できるので、
布団から這い出して、西栄寺へいっらっしゃ〜い♪
(=v=)

 


 

 

誰かが事務所で鼻をかんでいる・・・

下界は寒く、わが寺の勇士は鉄馬にまたがり
颯爽と境内を駆け抜けていく。
そんな彼たちにも風邪の魔の手は近づいてくる。

基本的な手洗い、うがいを徹底させているわが寺であるが、
ひとりふたりと風邪をひいていく。

事務所にはマスクを常備して風邪の予防を心がけている。
世のお父さんたちも風邪にもめげずがんばっていただきたい。

しかし鬼瓦の住職も風邪でダウンするのは時間の問題であろう・・・
( ̄Д ̄;)


 

 

昨日は友人から楽しいプレゼントいただいた。

ブランド品なんて全く馬鹿にしていた私であるが、
あまり目立たないブランドで「ゴールドファイブ」というメーカーがある。
全く知らなかったが、ある時この社長とお目にかかることがあり、
何気ない一言に感銘をうけ、それからささやかではあるが
ゴールドファイブのファンになった。

ところがそれはそれなりに、やはり世の中広いようで狭いもの、
尊敬する友人がたまたま、このブランドのファンであった。
それから中古品であるがと謙遜しながら、素敵な名刺入れや
財布を頂戴し恐縮していた。

昨日はショルダーバックまでいただいてしまった。
気に入ったものが手に入る歓びときたら、こんなに嬉しいものか!
嬉しくて嬉しくてならない。
夜、顔の減らんばかりにやけたおした。

今日は晴天とはいえ寒々とした朝、
これをもって何処に行こうか?
(⌒-⌒)ニコニコ


 

 

昨日、境内に実った柿をはじめて焼酎で渋をぬき、ごみ拾い会が終わった後、
焼酎で渋抜きした柿をみんなでたべた時、
はからずもその匂いで酔っ払っちゃった。
柿をむく時に蒸発するアルコールで酔うものなのか?
そういえばその昔、小梅の粕漬けを10個ほど食べたとき
これもまた酔っ払ったことを思い出した。

師走に入り、忘年会たけなわ。
昔からにぎやかなことが好きな住職。
酒は呑まないが「お祭り人間」と自他共に称していた。
しかしここ最近、忘年会は一切参加しないようになった。
酒の飲めない住職であるが、まぁ何処にでもよく顔を出した。

そんな私がよくまあ180度転換したものだ。
不幸なことであるが家内の病気これが大転換のきっかけ。
元気なころは1日20分も話すことがなかったであろう。
俗に言う「飯」「風呂」それぐらいの会話が今では色々な話をする。
不幸を転機にして夕方からは一切外には出ないようになった。
家内は不幸は不幸であるが、夫婦として絆は深まったのではないか。

巷の忘年会関係者は、寒風拭きすさむ中こころせよ。
お母ちゃんの機嫌が悪くなる前に、
そこそこで切り上げてお家に帰るべし。
( ̄ω ̄;)


 

 

我が故郷は雪がしんしんと降り続いているらしい。

真っ白な雪に埋もれた民家が点在する、
こんなロマンチックな思いに浸っているが、
ご当地の方たちは大変なことであろう。
今朝の新聞にも北陸地方が明日にかけて大雪との見出し。
きっと故郷の人たちはコタツにもぐり都会の話をしているのか。

今朝は恒例になっている寺周りの掃除、
近隣の方たちが三々五々集まってきてくれている。

公園や道路に散らばっているタバコの吸殻をひろい、
空き缶を集め、紙くずをひらっている。
ゴミを平気で道端に捨てる人には本当に腹が立つ。
特に腹ただしいのは道端のあちこちに捨てられているタバコである。
なぜタバコを吸わない者がタバコの吸殻をひらわなければならないのか。
子供や奥様方が拾っているのを見ると気の毒で仕方ない。
鬼のような住職にも、こんな優しい気持ちがあるのか・・・
( えぇ〜!?)※外野の声

 

 

今朝も寺の前に観光バスが止まっている。

我々にはわからないところで役所が主催となり
地域の皆さんをつれて視察か見学会か勉強会なのか、
いろんなことに出向いてるのであろう。
知識や見聞を広め、外の新しい空気を取り入れるのも必要なことであろう。
我々お寺としても考えねばならないのか?

時に昨夜、旧友から連絡があった。
立場立場で有意義な人生を送ってる由、喜ばしいことである。
私の知らない世界を彼は知っている、また彼の知らない世界を私は知っている。
違う視点で物事を考える事も、新しい空気を取り入れるようなものであろう。

今日もがんばるぞぉ〜!

 

 

嗜好品とはよくいったもの。

私は昔からお茶が大好きであるが、
緑茶も時には甘みを感ずる。
されどコーヒーの味は全く分からない。
隣で点ててるコーヒーはとても香りが良く脳をくすぐるが、
あの苦い味を考えると口にする勇気がない。
また酒にいたっては100%嗜めない私である。
あのアルコールの臭いが耐えられない。

世の中には美食も多い中、
フナ寿司、クサヤ、とんでもないこと。
食通によればこれまた美味なる由。

人それぞれ美的感覚も同じであろう。
おかしな世界である。

告ぐ!羽曳野の勇士よ!
部屋でコーヒーカップを傾けてるだけなのか?
時には語り合おう。



 

 

今朝もありがたく朝食をよばれた。
最近では朝食抜きの人も多々いると聞くが、私には考えられない。

朝食を抜くような家庭は生活の根源が、成り立っていないと思っている。

朝、お母さんが作ってくれる朝食に感謝し出て行くお父さん。
きっと外では素晴らしい社会貢献をしていると信じている。

そんな生活の基礎がある家庭があり、そして社会があると信じている。
世のお父さん、周りには七人の敵がいるときく。
家庭の支えがあるからこそ、戦果をあげて帰ってくるお父さんは
その戦士のような武勇を誇れるのではないか。
お父さんもお母さんも家庭と言う基礎を忘れるな。
今日も外は寒いぞ! みんな風邪引くな〜!

あと巷では選挙戦たけなわ。
こんなにたくさん政党があって、わしには分からん・・
各候補者たちよ政治家として胸襟を正せ!

もっと国民を守る事を考えろ!!!
(`Д´)




 

 

昨夜、夜回りに行くと、吐く息が白く、
雨上がりの月は冷たく煌々と地上を照らしていた。
この寒い時期、なかなか月を見ることはないが、
寒中に輝く月も捨てたものではない。

この年になり、風情を楽しむ機会が少なくなったが、
昨日あるイベントを見学させてもらった。
寒い中にもかかわらず、あの集客力には感服した。
会社のものが一丸となりイベントの成功の為に頑張っている姿。
過日の人形供養と称し、集客に奮闘している社員たちに
ただただ頭が下がる思いである。

道中、あの三田の山河が錦に燃えていた。
都会の私たちには中々目にすることが出来ない風景であるが、
空っ風に舞い散っていく木の葉には何かを考えさせられる。

夜、月を見ながらそんな感傷に浸っていた。

今日も一日ありがとう。




 

 

気が付いたら72歳になってしまったが、いつの間になったのであろう?

お嫁に行ったのは47年前、出戻りして34年。
あぁ・・はやいものだ。
この34年が小生にとっては波乱万丈。
周りの人たちの叱咤激励を賜って、ここまでのし上がってきた。
ありがたいことである。

今年はあまり大きな事業をしていないが、
近くにアンテナショップ「泰心堂」をオープンした。
年明け早々、隣地の駐車場の取引となるが、
はたまたどうなることやら・・・・

商才のない小生なれど、回りの人たちが
また智恵を出してくれるであろう。
個人の力などしれたもの、今日まで周りの人たちが
助けてくださったからこそ、ここまでなれたのである。

関係諸氏、今後ともよろしくお願いします。
( ̄人 ̄)




 

 

過日、西宮支坊に久々にいってみたが、まさに錦秋の時を満喫してきた。
桜や漆が真っ赤に燃え、山々は美しき紅葉の真っ只中であった。

わが境内にも今、柿の葉が真っ赤に染まり、桜の葉が風に舞っている。
そんな中、昨日は恒例のこころ塾。
つたない話にもかかわらず、老老男女の方たちが耳を傾けてくださった。

ありがたいことである。

住職の悩みとして、若若男女になるようにしたいものではあるが、
どうも主幹たる住職の年代合わせて来てくださるのか、
これはこれで大変ありがたいことであるが、
若者が集うこころ塾にして欲しいものである。

それにしても開講以来休むことなく、68回を無事こなした。
恐ろしいことである・・・・

100回を目指すことができるのか?
(● ̄▽ ̄●;)




 

 

たてつづけにお話にいかせて頂く機会に恵まれた。
私ごとき者がだべる話に耳を傾けて下さる善男善女の皆様には
申し訳ない気がしてならない。
一時間そこそこではあるが貴重な時間を頂戴し、
話させていただいているのであるが、終わってみて反省するところしきり。

それにしてもいろんな業者さんが本当に真面目に前向きに考え、
いろんな行事をこなしている。
消費者の為になるイベントということで、
簡単とはいえ感謝祭と銘打ち、食事まで出している業者も居られる様子。
涙ぐましい努力である。
仕事の重大さを認識し使命感にあふれる担当者には頭が下がる思いである。

ちなみわが寺も異色なことをやっているが、
一昨日は久々に中高年のお見合いイベントを開催した。
定員40名であるが抽選させていただくほどの多数の応募があった。
このお見合いイベントで少しでも孤独を癒すお手伝いになればと思っている。
今回抽選に漏れた方には大変申し訳ない思いである。
このような多くの方が必要としているイベントを、
わが寺でも、もっともっと盛り上げていきたいものである。




 

 

臨床宗教師と言う資格が新しく出来るらしい。
わが寺も時代に即応できるように、
熱意あるわが寺の職員2名、もっか東北地方にて研修中。

東北大学が主導で行っている新しい試みであるらしいが、
はたしてどんな教養を得てくるのだろう。

経費節減の為「バスで行け!」なんて業務命令。
東北まで13時間かかるうえ寒く厳しい環境の下、
多くのモノを得てそれなりに理性を高めてくるのであろう。

住職自身全く無知の世界。
彼たちの今後に大いに期待したいものである。




 

 

TVを見てみるとまたまた解散という単語が飛び込んできた。
政治の事は一切分からない小生。
がむしゃらに働いてきた、それしか頭にないが、
庶民からみればどう感じるのであろう。

職員同士の話を横で聞けば、
どうやら一人は昨日休日で休みときく。
あーそんなもんかなと思う私。

小僧の頃は休みなく、がむしゃらにやってきた私世代。
日曜、祝日、年末年始長期休暇、
有給休暇、出産休暇、子育て休暇・・・
休暇なんていっぱいあるんだな〜

私から言えば、じゃあ一年中休んだら?
ヽ(~〜~ )ノ




 

 

親鸞聖人も年になり
「ねぶたくなりそうろふ」、と仰ったが
この年になり、目はうっとうしく、ひざはがくがく
腰はぼきぼき、変わらぬは根性のみ。
救い難き己なれど、今朝も事務所では
負けん気を出し、がなり立てている。

ふっと振り返れば、みんなに嫌われ居場所がなくなりつつあるのか?
そのうちに言葉のみ優しくトゲがある言葉で
「住職もしんどいやろう・・2階で寝ていたら?」
なんていわれるようになるのであろうか・・・・・

じゃかましいわぁ〜
ヾ(。`Д´。)ノ彡

 




 

 

昨日はいろいろと行事があった。
アンテナショップの泰心堂。
雨の中一人のお客さんが来られた。

売り上げがどうこうとは言わないが、来て下さる人がいるのは嬉しい。
たくさんの方にお茶を飲みに来て欲しいものだ。
その中でいろいろと発信できるものがあるのではないか?
私自身も、お祝いに来てくださった方との交流。
その中でいろいろアドバイスをいただいた。
本当に有り難いものである。

この年になると、教わるということが少なくなってくる。
大いに語り合い、なんなりと吸収したいものである。




 

 

「やれることは何でもやってみよう」
という西栄寺の理念の下、色々活動してきた。
今回ただ単なる思いつきか、本坊の近くでアンテナショップを開店することにした。
無論仏事相談がメインであるが、はたして誰が来てくれるのであろう。

二足のわらじははかないと決めてた小生。
これからも二足のわらじにならないように気をつけていくつもり。
オープンしたからとて客が来る、そんな甘いものではないであろう。
はたしてどうなることやら、

ただただ万人の仏事相談をカバーできればと思っている。
さぁ迷うものは来たれ!

奇しくも今日は私の誕生日。
恐ろしいかなとうとう72歳になってしまった。
あと何年生かしてもらえるのだろう・・・・
願わくば今のこの元気さをこのまま持続し、
いつかは彼の世界へサッっと逝きたいものである。。が、
家内いわく「あんたは極悪な悪人の代表者、
畳の上で死ぬどころか、のたうちまわって死ぬ」・・・らしい

恐ろしいかな。
Σ(゚д゚;) 




 

 

先日、久しぶりに家内を連れて武庫川の河川敷に咲く
コスモス畑を見に行った。
秋の陽光の下、そよ風に揺れるコスモスは
ひまわりのように笑っているように見えた。
可憐な花であり見る者の心を映すのか、
良い気分で帰ってきた。
これが俗に言う癒しなのか?

家内の発病から、2年弱。
まさに不運としか言いようがないが、
これによって夫婦の会話、コミュニケーションも培われている。

不運の中にもまた幸せがあるものである。




 

 

今年も、秋祭りと称し永代経法要を大阪本坊及び堺支坊で開催したが、
少々肌寒い一日であった。
たくさんの老若男女が朝早くからお参りくださり、
仏の前に額ずく姿は住職として嬉しい限りである。

その中でも特に4.5歳の孫の手を引き、
仏様の前でまさにもみじの手を合わせている姿には
本当に感銘した。
こんな家庭で育った子供さんは、今尼崎を賑わしている犯罪など縁のない、
きっとすばらしい人間形成ができる家族であろう。
あの手を合わせている子供の成長を見守りたいものである。
その微笑ましい姿に感激したのはきっと私一人ではなく
それを見た多くの参詣者が心を打たれたのではないだろうか。

今回の永代経開催にもたくさんのボランティアの方々に支えられたが、
大きな事故もなく無事終了した。

みんなみんな本当にありがとう。
(-人-;)




 

 

過日、例年開催される「山野草展」にいってきた。
毎年同じようなものを見ている、そんな感じだったが、
今回は会長のこまめな設営があったからか、
とくと拝見させていただいた。

山野に咲く何気ない草花であるが、趣をことにした。

草花も我々も、何でもやっぱり芽(目)を開かせたいものだ。

本当に楽しいひと時を過ごさせていただいた。

感謝!



 

 

今朝はテレビ局の方が撮影にみえている。
今回は西栄寺の取材ではなく、場所貸しである。
将来のスターを目指した多くの役者の卵が来ている。
演技を磨く為であろう男女の顔は、それぞれにとても明るく清々しく感じた。
親元を離れ、自分の好きな道を突き進んでいるのであろう。

私も振り返ってみると、若き頃
商売人になりたい!―――そんな思いがずっと胸を膨らませていたことを思い出す。
「若いからこそ、想うのも打ち込むのも、これまた然り。」
いま、この年になって思う。

毎月第四水曜、こころ塾を開催しているが
その時も、若き芸人が立てる舞台を提供している。
また、過日はある中堅セレモニー会社も、
若き芸人を招き入れて大々的にやっていた。
私自身とても楽しい思いをした。
若き芸人たちよ頑張れ!とエールを送りたい。
p(´∇`)q ファイトォ~♪




 

 

秋たけなわ。
清清しい日々が続いている。

こんな良い好季がいつまでも続かないのは人生とて同じ。

諸行無常の世界、常に変化の波にもまれている我々。
良い事も悪い事も含めて受けとめる覚悟、
そんな心構えも大事なのであろう。
わが寺とてまもなく30周年。
そんな思いを絶えずして来た。

おかげで本坊も建立されたが、
隣接の駐車場取得という、大問題にぶち当たっている。
この年になり大借金が始まる。

どうなることやら
巨体の住職、身を細る思いである・・・・

Σ(゚Å゚)

 




 

 

わが寺もダイレクトメールをフル活用し、
年間500万近くはつかっているであろう。

毎日配送される新聞には、折り込み広告が氾濫し、
寺にも毎日のようにダイレクトメールが配送されてくる。
ほとんどがゴミ箱行きになってしまうが、むだだなぁと思いながらも
わが寺の送るダイレクトメールは?っと考えた時悲しくなってしまう。
思いとしては少しでも檀信徒の皆さまに
寺の内容を知ってもらう為に、送っているのであるが、
はたしてどう受け止められているのであろうか?

直近としては秋祭り永代経法要そして、
また来月には「ほのぼのクラブ」と行事満載である。

私は送られてくるダイレクトメールは、
結果としてはあまり買うものはないが、
送り手の気持ちを考えるとちょっとでも
目を通してあげたいものである。



 

 

ベッドの上で目が覚めて横の窓より眺めむる天は、
青々と澄み渡り吸い込まれるような色であった。
まさに秋の天は抜けるような青さである。
前にも書いたが、人生においても、
人間大成されたあかつきが人生の秋であろう。

夏の暑さから解き放たれ、
涼しく穏やかな気候のなかで夏の暑さを懐かしむのは、
どこかしら人の晩年と似てるのではないか。

本当に秋はいろいろと考えさせられる。

まずは、秋の味覚を楽しむことから考えよう!
美味しいイモが食べたいなぁ〜



 

 

3年ほど前にいただいた月下美人の苗に、
一輪の花が燦然と咲き開いた。

真冬の寒さの中、枯れた苗木を軒下にほっておいてた。
まともな水ももらえず、忘れ去られていた哀れな苗であったが
耐え忍びながら今日まで生きてきたのであろう。

偶然、一昨日大きなつぼみが咲かんとしているのを見つけ出し、
あわてて玄関に。
そして昨夜、その名の如く月明かりの元神々しく咲き誇り、
持ってきた部屋には香しい芳香を放ち楽しませてくれた。

それにしても人間とは勝手なものである。
さぞかし月下美人本人は、腹ただしい思いか?
それとも一夜ではあるが自分の晴れ姿を見てもらったことに
満足感を得ているのか?

そして今朝は眼が覚めると、だらりとつぼみが垂れ下がった
月下美人は見る影もなくしぼんでいた・・・

一夜の夢をありがとう。



 

 

台風の余波か?
雨から曇天になり、秋が深まっていることをしらしめている。
窓から見えるイチョウの木々が薄みどりに見え、
日本の四季を味わえる幸せに浸っている。

若き頃はあまり侘び寂びの世界は知らなかったが、
友人に無理やり連れて行かれた句会になじみ、
それを機会に四季を感じるようになっていった。

今わが寺では月に一度句会を開催しているが、
やはりこれは文才がいるのか?
50年たった今あまり良い作品が出来ない。

「なんでもやってやろう!」そんな精神が功をはくし、
広く浅くまさに浅学であるがなんにでも興味をもち、人生を謳歌している。

されど、上手なもの何も無し・・・・
(゚Д゚;)

 

 

朝、寝ぼけ眼で漠然と外を見ていると、
山門の前を通りすがりの中年の女性が
本堂に向かって合掌している姿を見た。

通勤の途中であろうか、忙しい中にふと立ち止まって
山門の外から本堂に向かって拝むその姿を目の当たりにし、
僧侶として生きてきたわが身が気恥ずかしい気がしてならない。

合掌礼拝する姿は素朴な姿であるが、
とても美しく崇高にみえる。

そんなお寺に住まさせてもらっている我々。
胸襟を正さねばならないと教えられた。

 

 

過日、役所に行ったらカウンターのむこうで
パソコンをいじっている。

小生パソコンには弱いが、たまたま「おもしろ」と打ったら
「おもしろ昔話」という動画がでてきた。
15秒ほどで終る、ふっと笑える面白昔話。
こんなあほな事がパソコンではできるのだなぁ。

わが職員もよくパソコンをのぞいているのを眼にするが、
小生のひがみか、役所の面々もわが寺の面々も、
本当に仕事をしているのか?

我が根性の曲がり方我ながらあきれるが、
パソコンをのぞいていたらいいんではないぞ!

ちゃんと仕事をしろっ!!
ヾ(。`Д´。)ノ彡

 

 

年輪とは、年とともに積み重ねていく素晴らしい成果。

小生72年目にならんとするが、どんな年輪を積んで来たのであろう?

最近は家内の病気により、介護をしておるが、
例にもれず腰痛が現れ始めている。

これも年輪のひとつか。

年とともに肉体的に衰えるのは致しかたないとして、
精神的な年輪は大事にしていきたいものである。

昔話に出てくるおじいさん、おばあさん、
そんなジジババでありたいと願っている。
優しさにあふれる白髪の老人。

無理だろうなぁ〜・・

毎日ギスギスした生活を送っている小生。
悲しい現実である。

 

 

次から次へとよくまあ工事が続くものだ・・・
納骨堂の大工事が昨年終わったと思えば、
ありがたいことに近隣の民家を立て続けに取得させていただき、
それぞれの解体や整備をおこない、小さなショップも改築する。
さらには堺支坊の事務所大移動も現在進行中であり、
本坊となりの小さな駐車場も整備しているなか、
本当に建築業者の出入りが途絶えることはない。

そんなこんな言ってたら、今度は家族葬ができるくらいの
ちっちゃな会館を建設するなんて発案もでている。
恐ろしいことである。
恐ろしいといえば東隣の大駐車所の取得なんて話も持ち上がった。

一体どこまで行くんだ?

この年になって大借金をかかえそうな勢い。
今度はいよいよ倒産か?
西栄寺が倒産したら喜ぶ輩が多いであろう・・・

が、そうはいかんぞ!
( ̄▽+ ̄*)

 

 

巷では運動会真っ盛りなのであろう。
我々の学生時代はお祭り的な感覚で町内対抗とか、
親子対抗とか、その地域を巻き込んだのが多かったが、
今日では授業の一環的な感覚なのであろうか?

昔はこの時期早朝より「よーいドン!」のピストルの音が木霊し、
ポルカの音がガンガンと流れておったが・・
そんな懐かしい思いに浸っている。

今日も空は快晴。
多分近所では運動会をやっているであろうに、
それらしき音も聞こえずあまり風情をかんじない。

運動神経鈍い小生、徒競走のあと一着の旗の下に
一度は並んでみたかった。
そんな思いも今は遠い昔になったのか。
今や順番づけは差別につながるとかで、
順位づけを廃止している学校もあると聞く。

社会に出れば競争。
もっともっと健全に競争心を磨きあげ、
社会の荒波にも負けない強い人生を歩んで欲しいものである。

何がお手て繋いでみんなで仲良くゴールインじゃ!
ヾ(。`Д´。)ノ


 

 

ここ一週間の間に気候は激変し、今朝などは早朝窓を開け
ベッドに寝っころがると、寒いと感じた。
秋は実りの秋であり人生完成の時期と感じている小生であるが、
夕闇迫る黒々とした風景はあまり好きではない。

しかしながら実りの秋にはそれなりの果実が実り、嬉しい好季でもある。
味覚を堪能し果実を噛み締め、生きてる喜びを感じたいものだ。

本当に四季のある日本という国が大好きだ。
政治的なことは一切分からぬ私であるが、
諸外国に馬鹿にされない外交をしていただき、
日本人としての誇りを持ち続けたいものである。

 


 

 

一週間ほど遅れているが、境内に曼珠沙華が咲きひそっている。

赤、黄、白、当寺にはずいぶん多くの曼珠沙華を植えたが
やはり、目を引くのは真っ赤な絨毯であろう。

あんなに暑かったことも忘れようとしている。

今が一番の好期!

私は秋が大好きである。
実りの秋というが、人生においても この秋を満喫し、成果を得たいものだ。

大阪泰心館のショップも完成し、11月のオープンを目指している。
それに伴って、家族葬ホールも建設予定!

西栄寺の秋を実らせたいものである。

( ̄▽ ̄)。o0○


 

 

その昔よりなんでもやったれ!の格言の元、
思いついたことはなんでもやってきた。
その成果が今日の西栄寺であろう。

されど、これも時代の変遷とともに寺院経営を
再考せねばならぬ時期に来ているのは間違いないであろう。
毎月送られてくる会計士からの一覧表がうらめしく思う。

今後の寺院経営を考え、大阪本坊の近くに幸いにして物件が取得されているので、
それを活かしてショップを開設することにした。
高校生より商売人になりたいなんて思っていた私。
この世界と両立はありえないと思っているが、
この世界に関連したショップにしたいと思っている。

ショップに座っている己・・・とても考えられないが、
祈りと香りをテーマにした、ちっぽけな私に似た可愛い店にしたいものだ。

さてどうなることやら、乞うご期待!


 

 

昨日は近畿地方は午後より台風で大変であったが、
堺において「まち・はんそうよ会」の面々が参集され、そこでの講演。
よくまぁ、あの土砂降りの中、集まってくださったものだ。
拙い話であったが、無事終了することができたのか。

またすぐとんぼ返りで、今度はハンドインハンドと称し、
寺として何ができるかの一端として発足した介護関係の集い。
これまた諸先生方のご協力により、第一回目を発会式をなんとなく終えたようである。
何しても当事者の熱意というものはしっかり聴衆に伝わるのであろう。

残念ながら悪天候の為、堺寺で催す予定の「月見の会」は中止になったが、
これからもどんどん色んな事をやったるでぇ!!

奇しくも今日、職員の一人からの発案で、
東北大学にて「臨床宗教師」という新しい企画発案があり、
これに取り掛かっていこうという話が出ている。
この臨床宗教師のことは、私はあまりまだよくわかっていないが、
我が職員の熱意のこもったこの企画を、
なんとかして成就させてやりたいと思っている。

乞うご期待。

 

 

「なんでもやったれ!」の趣旨のもと、色んなことに首を突っ込んで
多々、活動に勤しんでいるが、なかなか難しいものである。

今、根付いているのは毎月第4水曜日に開催される“こころ塾”であろうが、
そのほか写経の会、太極拳、囲碁クラブ、カラオケ同好会、空手教室、 
毎週日曜日の朝のゴミ拾い隊(地域清掃会)ぐらいのものであろうか。

そんな中、今日は“ハンドインハンド”と称した介護関係のイベントを行う。
お寺として介護関係において何ができるのか、私も一緒に学びたいものである。
さらに今日は堺市において下手な私の話であるが講話会もあり、
その合間に法務もある。

今日は大忙しの一日になりそうだ・・・
台風襲来と聞くが、我が寺においても今日は一日、
台風のごとく慌ただしいであろう。



 

 

彼岸になり、あっという間に彼岸花が咲き乱れている。
小さな秋もそこまでやってきた。
彼岸の中日には堺支坊にて第二回目の夕日の会を開催したが、
今年は50名ほど参詣してくださり、私も久しぶりに沈みゆく夕日を見ながら
彼の世界に住みし父母のことを思い浮かべ、参詣者とともに涙した。
(ノω・、) ウゥ・・・

話はどうしても去りし人のことを思い浮かべ、
参詣者ともどもハンカチを濡らした。

昨日は本坊にて「こころ塾」を開催。
よくまあ集まってくださる聴衆にただただ感謝。

ゲストとして、弁護士の小池先生をお招きし、
これまた犯罪や法律に対する興味もあり、
大幅に時間延長しての熱弁!ありがたいものである。
気がつけば大幅に時間を過ぎていて困っちゃった。
(〃'∇'〃)ゝエヘヘ




 

 

秋雨前線とやら。
あんなに暑かった夏も通り過ぎていった。
これからは一雨ごとに涼しくなっていき、
さらに寒さに向かっていくのであろう。

大好きな花のひとつに曼珠沙華があるが、
今年は咲くのかな?なんて思っていた。
しかし自然とはまさに正直である。
ここ数日の涼しさによって、たった4,5日で
アスパラガスのように芽を吹き出している。
数日の遅れとはいえ、まもなく咲き乱れるのか。

自然は正直なものである。
我々人間もかくありたいものだ。
(‐^▽^‐) 




 

 

またまた2日ほどサボっちゃた・・・ ヾ(~∇~;) 

ついでの話であるが夕方ふらふらと散歩するのも、
日課になっているはずが、これまたサボっているようだ。

何事も持続という単語は、ずぼらな私には馴染めないよう・・・

「仏も昔は凡夫なり われらも終には仏なり・・・・」


と言われているが、我凡夫の手本みたいなもの。
果たして仏になれるのであろうか?

しかし聖人は「地獄一定すみかぞかし」と言われた。
そんな私が仏になれるとおっしゃた。

ありがたいことである。
( ̄人 ̄)




 

 

久しぶりに尼崎で講演会の依頼を受けた。
私の講演は立派なお話はできないが、心に訴える話をした。
心に思うことは親のご恩であろうか、
目頭を抑える人も見受けられ、人の心はやはり多彩。

毎月第四水曜10時から我が寺では「こころ塾」と称し、
楽しい話として講演しているが、お説教としてはできない住職。

それにしても参列の100名弱また当寺の開催に参加してくれる方々。
拙い話に耳を傾けてくれるご参集の方たちには心より感謝。
講演会と称して100回以上はお話を聞いていただいたであろうか。
全く申し訳ない思いである。

また堺で講演を受けているが、
ただただ私の思いを切々と訴えるだけであろうか・・・・・

人( ̄ω ̄;)  ごめんなさい



 

 

小さな秋がいつ来るのか?
いまかいまかと待ち焦がれている。

そんな事より来年のカレンダーの話。
我が寺ではお寺独自のカレンダーを作っているが、
これは豪華に作ってあり、プロが撮影したお寺の写真を
大きく掲載しているが、毎年ながら写真の選定に苦慮する。
いっそのこと住職のピンナップでものせるか?

そろそろカレンダーの印刷の締切が間もなくときく。
配布用に2500枚の小さなカレンダーも注文しているが、
世の中には我々の目に触れる前に、
こんなふうにいろんなものが作られているのか。
世の働くお父さんたちお疲れ様です。

なにわともあれ、来年のカレンダー乞うご期待!
ヾ(^∇^)



 

 

最近、家内の病気をいいことにして、家政婦さんを一人買ってきた。

名前は「ルンバ」ちゃん。

7万円余であったが、これがまた言うことをよく聞き、
毎朝出動命令を下している。

残念なことに飯を食わさないと働かないので
各部屋を移動するたびに充電の様子。
でも掃除なんて程遠い私。
何も文句を言わず出動命令に従順な彼、
住職お気に入りの雇用者の一人となった。

世の中には賢い人がいっぱいいるんだな〜。
一人で勝手に掃除してしまう便利なロボットを考えもつかなかった・・・
欠点と言えば、たまにルンバちゃん自身の掃除をしなけりゃいけないことぐらいか?

されど部屋の掃除をしてくれる人がいない小生
頼もしい限りである

ルンバちゃんよろしく〜
(=⌒▽⌒=) ノシ



 

 

小生は親の敵のごとく、ネギ・にんにく・らっきょう、
この類の匂いがどうしても受け付けない。
間違ってうどんの小ネギの破片でも噛もうものなら嘔吐甚だしい。

また世の中にはアレルギーに困っている人も多々あると聞く。
嫌でない者にとっては理解できないものらしいが、
なぜこれがアレルギーになるのか人間の味覚には不思議なものである。

ちなみに食卓にらっきょうのつけたものがいつも乗っている・・・・
家族の反対も押し切るもそれもままならず、
いつの間にやら嫁に飼いならされた小生。
いくら反対しても「らっきょう」が鎮座しておられる。

どこの家庭も家の中はすべて、嫁のいうがままになるのか?
前にも書いたが我が家にとっては

「地震・雷・火事・おかあちゃん
(。≧Д≦。)




 

 

いまだに振り込み詐欺が多発しているときく。

我々はこういう仕事なので、
「お父さんが病気で・・・」
「ライフラインを止められる・・」
そんな心情に訴えて、よく金を貸してくれといってくる。
私は宗教家であって、銀行でも貸金業でもない。
宗教家は疲れた心や荒んだ心を少しでも和らげるのであって、
現実的な金銭問題はやはり役所や相談所など、
しかるべきところにいくべきではないか?

「水道を止められる」月末には返済するからなどと、
大きな金額を言ってはこないで、
巧みな話術で心情に訴え脇の下をこそばせてくる。
そこまでして借りたお金で人生豊かになるのであろうか?
私には理解できない。

「人の幸せは金では買えない」というが、
私は買えるような気もする。

されど、そんなはした金でどうするんだ?
心豊かなものとは、そんなものではないだろう?

若者よ働け!!

額に汗した金こそ本当の幸せなお金。
心せよ!




 

 

今朝の食事は秋鮭となすびの漬物。
考えてみれば、こんなご馳走はないだろう。

素朴な味であるが、日本人として旬の味を楽しめるのは嬉しい限り。
さらにここに秋刀魚でもあればまさに醍醐味であろう。
日々の食事をいつも美味しいと思って食べられる、
私自身は本当に幸せ者である。
今晩の夕食は大好きな大根おろしにポン酢でもかけて食してやろう。

今日一日、秋の味覚を満喫しながら、
本堂の回廊で松の枝からも漏れある月明りの元、
碁でも打てたら至福の極みである。
(=´ー`=)




 

 

我が寺の隣には広大なコインパーキングがある。
この地区では一番安いであろう、最大料金500円。
しかし元は400円だった。
この時は絶えず満車に近かったが、今目の前に見てみると、
およそ三分の一の利用か・・?
100円アップになったとたん、いきなり利用者が少なくなる。
たった100円というものの、やはり利用者はシビアなもの。

このあたりは取締のおじさんの二人組がよく回っている。
その取り締まり方に発憤している私であるが、
おそらく頭にきているのは私一人ではあるまい。
駐車用経営には大きく貢献しているのか?

しかし100円値上げしたら、あれだけ満車だったのが、
目に見えて減るのを見ると100円の重みを感じてしまう。

その100円の為、日々額に汗するお父さん、
そして節約して家計をきりもりするお母さん。

その姿勢には、ただただ頭が下がる思いである。
m(。 。)m




 

 

我が寺には太いのから細いのまで色もとりどり。
いつの間にか30年弱、多彩な人事構成になっている。

ありがたいことに、振り返ってみればガムシャラに来た住職。
時折、西栄寺の隆盛の原動力は?と聞かれることがある。
理屈ではなく、ただがむしゃらにきて 
振り返ってみればこんな状態だったと答えている。

私の才覚とてたかが知れたもの。
周りの人の知性と教養、そして一番大きいのは周りの人から受けたご恩。
先人は「受けた恩は石に刻め、掛けた恩は水に流せ」と仰ったが、
私にとっても受けた恩とは絶対に忘れてはならないものと思っている。

義理人情の世界は、決して元気なお兄さんだけの世界ではない。
どこの世界に行っても、この基本は決して忘れてはいけないと信じている
回りまわって必ずやそのしっぺ返しはあるのである。

おかげで毎日周りの人に助けられ、年老いた私も安穏と生活させてもらっている。
これからも周りに目を配り、御恩報謝の生活をしたいものである。
( ^-^)_旦""




 

 

突然の豪雨。

我々お参り中のお坊さんは慌ててかっぱを着る。
寺務所におれば、慌てふためいて洗濯物の取り入れ。
このちっぽけな慌ただしさも、外で仕事をしている方たちにとっては
大変なことであろう。

窓から雨が吹き込み、洗濯物を濡らしてしまった
悔しい思いなんて可愛いものであろう。

そんな豪雨でもひとつだけいいことが・・・

ズボラ物の私にとっては植木の水やりを、
お空がやってださるので嬉しい限りである。

上水道をつかうと1トンいくらかで費用もかかる。
それが2トン3トンとあっという間にまいてしまう。

そんなこと考えたら、本当にありがたい雨である。

自然の慈雨、まさに文字通り慈雨である。
ヾ(@^▽^@)ノ