浄土真宗 単立 泰心山 西栄寺では、永代供養、仏事、葬儀、法要などのご相談をお受けしています。大阪市、堺市、 尼崎市にあるみなさまのお寺です。

泰心山 西栄寺
 
             西栄寺おもしろ住職

 

 

西栄寺住職 山田博泰

住職が毎朝、直感的に語るおもしろ言葉をつづります。

 

平成21年の「おもしろ住職の一言」はこちら
平成22年の「おもしろ住職の一言」はこちら
平成23年の「おもしろ住職の一言.前」はこちら
平成23年の「おもしろ住職の一言.後」はこちら

 
 
 
西栄寺 おもしろ住職の一言
 

今日は全国的に大晦日。

少なくなったというものの、杵の音も高く餅をついてる姿もちらほら。
当寺も朝早くから餅をついている。
今年は40臼くらい作るのであろうか?
もち米を蒸す湯気が高々と昇っている。
美しい光景である。

部屋では炭の香りが漂い、
五感で癒される昔ながらの日本の風景、
こんな風情がのどかで大好きである。

近隣より集まってくる、老若男女の和気藹々の声が境内に響いている。
夜は除夜の鐘をつきに来る男女に振舞うための、
ぜんざいや豚汁も近所のかたと一緒に作っている。
しかも今年は堺の有志によりでっかい焼き芋機を導入した。
夜は焼き芋のいい香りに包まれるであろう。
これまた楽しみである。

いいなぁ〜・・お寺ののどかな一風景・・

今年も無事過ぎていく・・・
いいなぁ〜 (*^▽^*)


 

 

 

                                                      



 

気の緩みかそれともたるんでいるのか、
昨日の夜はとても寒く感じた。

恒例の夕方より深夜にかけての二回の見回りではあるが、
寒風のなか愛犬ハルと寺内を回る、住職はガタガタ震えているが
さすがに愛犬は元気に飛び跳ねている。
後を振り返りふりかえり走り回るハルを見ていると、
犬はやはり可愛いらしくて仕方がない。

モンが亡くなって寂しい思いのなか、ふと南極物語という映画を思い出した。
人間と犬との物語は多々あろうが、動物との触れ合いは
いつの世も人の心を慰めるものであろう。

犬もよし猫もよし。
( ̄◇ ̄)


 

 

 

                                                      



 

朝早く目が覚め、気になる愛犬のモンのもとへ行ってみると、
凛とした張り詰める冷たい空気の中、愛犬は待っていたかのように頭をもたげ、
何かを訴えるように小さな一声を発して息を引き取った。

モンは阪神大震災の時に捨てられていた犬だったが、
お寺で引き取り優秀な寺の番犬となった。
また優しい犬で参詣者の相手にもなっていた。
思い出をいっぱいいっぱい残していった彼、
きっと寺にくる多くの人達の心にも残っているだろう。

そんな彼の最期の一声はなんていったのであろう?

最後は痩せこけ見る影もないモンであったが、
愛しさひとしおである。

私はまた生まれ変わり何かの形で
そばに来てくれると信じている。

モンよ本当にありがとう。

 

 

 

                                                      



 

ここ数日、泰心堂(納骨堂)が完成したことと、
年の暮れということで納骨の相談が多い。
身内の不幸により葬送したものの、
遺骨を各家庭でおかれている方がたくさんおられる。

無論納骨となるとそれなりに出費がかさむが、
当寺ではより多く方に使っていただければと思い、
3万円から納骨ができるようにしている。

西栄寺の基本理念として「お布施の額にこだわらない」と
いう根本精神にのっとり、納骨に限らずあらゆる仏事ごと
全般で活動している。

巷においてはこの認識がだいぶん根付いてきているのか、
お葬儀に関してもよく相談を寄せていただいている。

人の波が絶える事のない西栄寺にしたいと思い、
朝から晩まで相談者の話に耳を傾けている。

仏事の相談だけでなく悩みの相談でも、
ただの世間話でもいい。
西栄寺は「話を聞くお寺」でもある。

困った人、悩んでる人、暇な人たちよ、
なにわともあれ西栄寺に来たれ。

 

 

                                                      



 

本坊納骨堂の泰心堂が完成したのに続いて、
昨日堺なかもずの泰心館が完成した。
これによって大阪南部方面の布教活動もさらに充実するであろう。

特に堺では葬儀及び法要を行うには手狭となり危惧していた。
今まで壇信徒の皆様には大変ご迷惑掛けていたが、
これによりかなり便利に使っていただけるのではないだろうか?

大阪本坊のように地域にもっともっと浸透して、
より多くの地域の皆様に愛され活用していただきたいものである。

会館はおよそ一億五千万という巨額の支出となったが、
地域の方たちの充実した生活のためのお役に立てば、
きっときっと生きてくるのではないだろうか?

地域の皆様と西栄寺にとっての、精神的な財産となれば幸甚である。

多くの人よなかもず泰心館へ来たれ!
( 」´0`)」オォーイ!

 

                                                      



 

妻が帰ってきた!
二回目の入院であったが、今回は強化合宿のようなもの。
本人もリハビリに専念してた。

おかげで前回は老人の私が満身の力をこめて抱えあげないと
立てなかった彼女であるが、今回はリハビリの成果があり、
まるで私がポパイのような豪腕になったかのごとく、片腕でひょいと立ち上がる。
とはいっても自然の行動である「歩く」ということが非常に難しい。
俗に言う「五体満足」今私にとってこれほど強く響く言葉はない。

左手足の麻痺は逃れることは出来ないが、生きるという言葉の大きさを痛感する。
今まで漫然と生きてきた私の71年の人生。
言葉では判っていたが、生きるということの重さを今味わっている。

病む妻と それなりの幸 夜長かな

 

                                                      



 

今朝は早くからある団体の講演会を聞きに行った。

枚岡神社の中東宮司の快弁であった。
今まで神道の話を聞くことが無かった私、
一時間の短い時間であったが聞く耳を立て、
素晴らしい講演を拝聴させてもらった。

神道も仏教も根本は自然淘汰された摂理に到達する事であろうか。
自然に感謝し生かされている命を大事にする。
与えられたものを大事にし、つまるところ只々感謝の気持ちであろう。

彼は小学生時代の同級生であったが、今や枚岡神社の宮司に就任されている。
彼は才能をフルに発揮して、今日まで培ってきた狂言を通じて枚岡神社の
お笑い神事を大々的に広めてきている。
そんな彼のかける言葉も大いに勉強させていただいた。

中東宮司、道は違えど、
「東の枚岡神社、西の西栄寺」とよばれるように
お互いがんばろう!

                                                      



 

4冊目の本が出版された。

今回は本当に平易な言葉でわかりやすく書いたつもり。
届いた時たまたま来ていた壇信徒にご披露。
とたん24冊売れた!!
うれしい限りである!!!

これは幸先がいいぞ・

題名もまた奇抜である。
「死ぬまで生きたれ!」しかも「たれ」は巻き舌になっている。
表紙の裏面を見ると、なんだかやくざな住職そのもの・・・

お恥ずかしきや。

でもでも売れて売れて印税がっぽり入ってきたらどうしょう?
あぁ〜怖い怖い。

                                                      



 

久しぶりの雨。

一雨ごとに季節は進んでいく。
窓から見る雨は風情があって私は大好きである。

冬の雨は自分の中の色々な想いを思い出させてくれ、
それと同時に情緒的な気持ちにさせてくれる。

先人たちの素晴らしい文学の中には、
こういう風情の中で生まれたものが多数あるのであろう。

たまには、もの思いに浸るのもよし。
( -ω-) _旦

 


                                                                



 

日本には四季の色があるように、人にもいろいろいろと色がある。
見た感じの顔色もあれば人間性にも色というものがあろう。

私はいったいどんな色だろう。

冷静な色、活気盛んな色、不安に駆られて青ざめた色、
それらの色があわさり、どんなときも冷静に対処できる
腹の据わった色になってるであろう。
それってどんな色なんだろう?
己の事を分析してみても面白いものである。

奥ゆかしい色には程遠いが、古希も過ぎ去った己。
もはや手遅れか?

くわばらくわばら。
( ̄ロ ̄lll) 


                                                                



 

今朝は天高く、目が覚めるような青い空。
木々は色づき、まさに秋真っ盛り。

今朝はたまたま柿の木の葉っぱをじっくりと見ていたが、
綺麗な色づきにただただ感嘆していた。

透き通るような寒色系の空の青と、鮮やかな茜色や朱色の暖色系の木々の色。
それが組み合わさり、なんともいえない色鮮やかな風景となっている。
自然とは何とも素晴らしい絵師であろう。

・・・と思っていたら寺の自慢の美人松が、私と同じように枯死しようとしている。
早速、植木屋さんに植え替えをお願いした。
話を聞くところによると、東北の一本松も枯れ始めているらしい。
当寺の二代目美人松も大事にしたいものである。


                                                                



 

曇天の下、国旗がたなびいている。

私は日本国民としての誇りを持ち、また四季の移ろいを感じることができる
日本に生まれたことを素直に喜んでいる。
昨日も紅葉真っ盛りの山々を見る機会が合ったが、
その雄大さに感銘した。
何気ない自然の移ろいであるが、その移ろいの中に喜びを感じられる
その心の余裕をありがたいとおもっている。

世知辛い世の中というが、その世知辛い世の中に音もなく過ぎていく
刹那に目を凝らし何気ない去り行く時間を楽しんでもらいたいものである。

町の片隅、部屋の片隅、そしてその小さな世界にも、きっときっと喜びがあるはず。

そんな心の余裕をもっていただきたいものである。


                                                                



 

やすらぎ堂の清水社長が還浄土された。

私よりずっと年下なれど、西栄寺設立以来、
お付き合いさせていただいていた。

事業欲旺盛で、エネルギッシュに頑張ってきた彼。
そんな彼も病魔には勝てなかった。

春ごろより闘病生活をされてたが、
頑張り屋の彼にはさぞかし悔しい思いだったであろう。

彼とはジャンルが違うが共にゼロから出発したもの同士。
人としてお付き合いしてきた中でも、
彼のやんちゃさとたくましさは素晴らしかった。

誠に悔しい思いである。
分かっている事とはいえ、やっぱり人は死ぬんだなぁ・・・・
無念である。

様々な思いにより悲しみにくれる私の前で、
祭壇の写真の彼はこちらに向かって静かに微笑んでいた。


                                                                



 

朝、肌寒さで目が覚めた。
秋も深まり冬の到来を実感する。

寺内の池にいる金魚たちも寒さの為か
あまり動かない。
小生も朝、布団からでるのが嫌でしかたない。
池の動かない金魚達の気持ちがよく判る。

しかし「今日も一日がんばるぞー!」と
バーンと布団を跳ね除け飛び起きる。

逆境の中でこそ、やる気がでる住職。
寒さも糧にしてやるわい。

ヽ(=´▽`=)ノ


                                                                



 

日々秋冷が進み寺の前の桜の葉っぱも真っ赤に染め、
目を楽しませてくれている。

日本の国土は四季があり、この四季があるからこそ
侘び寂びの文化が進んだのであろう。
しかし最近の日本はその侘び寂びのよさはどこへやら・・・
寂しい限りである。
かく言う私もそういう世相に流されているのではないか?
最近そんなことをよく考えている。

寺内においてはそういう風情を残して、
多くの人に日本の四季を目で見て肌で感じてもらい
楽しんでもらえるように、開放的な寺にしてるつもりだが
現実はどうであろうか?

しかしまだまだ足りないのではないか?
まだまだ反省しきり。
(  ̄_ ̄)

 


                                                                



 

あごに手をやると、ひげが生えている。
歳をとり身だしなみに気を使わないといけないと
判ってはいるものの、ついついひげを剃るのを忘れる。
ゴム消しでこすれば、消えるようなひげであるが、
全くめんどくさいものである。

五体の中で、盲腸以外いらないものは無いと聞いているが、
ひげって一体何の為にあるのだろう? ( ̄ー ̄?)
何気ないことであるが、世の中にはいっぱい判らないことがある。

よく考えれば阿弥陀様にもひげがあるので、きっとなくてはならないものであろう。

二・三日前から目がはれて充血している。
原因不明。やれやれうっとうしいものである。

まぁ、そのうち治るだろう。

 


                                                                



 

冷たい雨が降りしきっている。

こんな時、被災者たちはたまらないであろう。
冷たいというのは精神的にも肉体的にも耐え難いものがある。
心も体も冷えると、人は人の心の温かみに恋焦がれるもの。

社会的に見ても家族の間においても判るように、
それぞれが相手に対する優しさによって手をかざし、
また人に温かみを施すことによって自分自身も温まる。

お互いが相手を思いやり、温め合う。
そんなほのかな生活を夢見て・・・
みんなみんなありがとう。
( ̄人 ̄)


                                                                



 

秋冷のためか?
庭の金魚もこころなしか動きが鈍い。
されど今が一番しのぎ易く、活気に満ちた好季ではないか。

実りの秋と言われるごとく、一年の大成を垣間見ることができる。

百日紅の木も丸坊主にされ、冬支度に向かっている。

住職も丸坊主。冬に向かって突き進んでいくぞ!!
( ̄▽ ̄)ノ


                                                                



 

誕生日プレゼントにジャパニーズサンダルをもらった。
ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

たかが下駄、されど下駄。
小生は昔から下駄が大好きであった。
境内は無論、近く行く時にも下駄をよく履いていく。
この下駄は日本のすばらしい文化の一つであろう。

たかが下駄に十数万円もするのがあると聞く。
桐のくりぬきは無論のこと、鼻緒に印伝が施されたものもあり、
まさに匠の技であろう。
庭履きにつかっける下駄であろうが、大事に大事にはかさせていただこう。

日本にはぱっと見には気づかないが、奥ゆかしい文化があちこちにある。
そのような日本文化の些細な部分を、もっともっと大事にしたいものである。

                                                                



 

錦秋とまではいかないが徐々に紅葉が始まった。
昨日は西宮支坊にて囲碁クラブ有志との囲碁三昧の一日だった。
バーベキューに舌鼓を打ち、小鳥さえずる木々に囲まれ
囲碁を打つ風情は本当に楽しく充実した一日だった。

帰りの道中も、囲碁の戦績にご満悦の住職。
最後は有馬温泉にて汗を流し、これまた至福の喜びであった。

高齢者の多い囲碁クラブではあるが、
彼たちもきっとそんな思いだったのではないだろうか?

趣味を持てるということは、
私や彼等たちにとってとても有り難いものであろう。

もし趣味を お持ちでない方がいたら、西栄寺へ来たれ。
一緒に楽しもうではないか!


                                                                



 

71歳になっちゃった・・・

いつの間にこんな歳になったんだろう?
人生50年と言われていながら、最近は人生70年80年といわれている。
幾つになろうともそれはそれ。

生きて良し、死んで良し。
日々悔いのないように過ごして生きたいものである

今月末には「死ぬまで生きたれ」という題名で本を出版する。

正に死ぬまで生きたるで!!


                                                                



 

永代経法要も堺坊を最終とし、
各支坊の秋祭りの一環として行った行事がすべて終了した。

本年は野菜市とチャリティーバザーを主体とし
いろいろな行事をとりおこなったが、
おかげで大盛況のうちに終わることが出来た。

関係者各位にはこの場を借りて、重ねてお礼申し上げたいものである。

西栄寺の秋祭りと永代経法要、いったい何人きてくださったのであろうか?
それぞれの立場で亡き人をしのび、ご先祖様のご恩を感じ、
そして己自信楽しんでもらえたであろうか?
でも、一番楽しんだのは住職か?

来月中旬、堺支坊の門徒会館(泰心館)完成に伴い、
それを機縁として四冊目の本を発刊する。
「死ぬまで生きたれ!」
命題し、宗教家としてまた人間としての様々な思いを綴っており
今その締め切りに追われている。

多くの方に読んでいただきたいため、今回の本は宗教専門用語を
極力使わないようにして平易に書いている。

完成が楽しみである。
o(*^▽^*)oエヘヘ!


                                                                



 

今年も永代経法要を無事終えた。
同時に秋祭りと銘をうち檀家様また地域の皆さんに
一年間の感謝を込めた宴を開催した。

野菜市、バザー、出店、などなど
みんなの協力を得てお茶席まで設けたが、
800人弱の参加を見て嬉しい限りである。

ボランティアのスタッフには心から感謝したいものである。
年々盛大になっていくが、私とすれば地域の人達にはもっともっと
お寺に来て楽しんで欲しいと思っている。

檀家さんあっての西栄寺。
地域あっての西栄寺。

いろいろご批判もあるようだが、
良いにしろ悪いにしろ話題になるということは嬉しいことである。

まだまだがんばるぞ〜文句あるか〜
ヾ(`Д´*) ノ

 


                                                                



 

恒例の得度会を無事終了。
今年度は4名のお坊さんが誕生した。

ちょうど50年前、僧籍の末席を汚した私であるが、
親鸞聖人のみお教えを広めるという大それた事を考えていた。
中央仏教学院そして龍谷大学で学ばせていただき得度をさせていただいたが、
くりくり坊主の私が半世紀たった今日、実質なにを残せたのであろうと考えたとき、
お恥ずかしい限りである。

今総勢26名の僧侶に囲まれながらの布教伝道であるが、
悲しいかな周りからはこれ良しと思われていないようである。

私としてはただただ純粋に聖人の見教えを伝えていきたいものである。

今回の4名の得度者は僧として「自信教人信」の基盤に立って、
前進してもらいたいものである。


                                                                



 

昨年のことをふと振り返った。

去年の今頃は小生の古希のお祝いと出版記念と銘をうって
大々的にお客様を招待する為の準備におわれてた頃であった。
また我が家にとっても妻の発病という思いもかけぬ転換期で、
人生感を大きく変える一年であった。

こんなことは大晦日にいうべき事であろうが、
日々変遷する人生において何が起こってもおかしくない年齢。

過日も小学校時代の同窓会準備ため友人と久々に会ったが、
やはり友人たちの身辺にも健康という大問題がそれぞれに
ひたひたと押し寄せいてる現実を目の当たりにした。

「生きて良し死して良し」という言葉を昔は簡単に聞いていたが、
今正に己の身の回りにひたひたと押し寄せているのであろう。

されど、村上速水先生のお言葉で、前も紹介させていただいたが
「病気になったことが嬉しいとは思わないが、ありがたいと思う」このお言葉。
本当に有難いお言葉である。


「病む妻と それなりの幸 秋夜長」


                                                                



 

秋たけなわ。清清しい季節である。
昨日もまた「こころ塾」開催。
たくさんの方が私ごときの話に耳をかたむけてくださった .。
私にとって楽しい時間であり、また聞いて下さった方も、
楽しく帰路について頂けたら本当に幸せである。

最近、ある事ない事いろんな事の渦中にある西栄寺ではあるが、
分かっている人はわかってくれている。
インターネットでも無責任な発言や言葉を目にするが、
ほとんどが妬みの領域なので一切無視。
ただただ努力精進するのみである。

過日、産経新聞にてお寺さんの会を取り上げていただいたが、
賛同してくださるお寺さんも多々現れてきている。
本当に有難いことである。

宗派を超えた世界、お互いに協力し合いたいものである。


                                                                



 

晴れ渡ったすがすがしい秋空の元、
今朝も緑のはっぴを着た「西栄寺ゴミひらい隊」が突き進んでいく。

それにしても近隣の老老男女、よくまあ来てくださるものである。
おかげで近隣はゴミを捨てる人も少なくなり、
町もきれいになってきている。
地域密着のお寺を目指す当寺にとって、
本当にありがたいことである。

さてさて、住職もみんなが行くからしかたなく行ってきま〜す。
C= C= C= ┌(;・_・)┘


                                                                



 

夜、ベルがなり取ってみると、知った人の訃報だった。
早速、久しぶりに枕経に走った。

親しい人の面々との再会、懐かしさを感じながらも、
1人去っていく現実を目の当たりにすると寂しい限りである。

我が寺には僧侶が総勢二十数名いてくれているので、
残念ながら檀家さん一人ひとりにお会いすることが少なくなってきている。
思い起こせば西栄寺を設立した28年前、
朝早くから走り回っていたことが懐かしく思い出される。

大きくなりすぎて、妬みの渦中にある西栄寺であるが、
それはそれでなんとも悲しい限りである・・・

かく言う小生もやはり隣の芝生が青く見えるのだが。

今は目下、次の書籍出版を執筆中であるが、
今回は己を含め人間の性(サガ)と業の深さについて掘り起こしながら、
原稿用紙と向き合っている。

十一月末ごろの出版を目指しているが、
はたしてどんな本になるのか?

今からとても楽しみである。
(´▽`)


                                                                



 

当寺の親睦旅行を兼ねながら、
久しぶりにほのぼのくらぶを開催した。
総勢73名の大所帯の中、ほのぼのクラブから34名参加。
お見合いの結果、残念ながら2組しかカップルが生まれなかった。
やはり中高年のお見合いとなると難しいものである。

されど雨に見舞われたものの会席料理に舌鼓を打ち、
温泉にカラオケと楽しいひと時であった。

溝端氏のご協力によりサツマイモ、大根、
そしてきのこ狩りと大変お世話になった。
たくさんの山の幸を提供してくださったが、
まぁ浪花のおばちゃんのえげつないこと(笑)。
大勢の山田はん田中はんが、われ先にと袋に詰め込むその姿に、
生活たくましい浪花のおばちゃんの底力をみた。

くわばらくわばら
( ̄□ ̄;)!!

 

 


                                                                



 

昨日は恒例の囲碁大会が開催!
32名の兵(ツワモノ)、日頃の研鑽の成果を発揮した。

当寺ではいろんな文化活動を通して、地域の人達の交流の場として
根づかんが為に活動しているつもりではあるが、
果たして皆はどんな思いでやってきてくれるのであろう?

住職も意気揚々と参戦したが、成績は悲しきかな大連敗・・・
囲碁はその人の癖や人間性などが出ると言われるが、
きっと人を立てる(?)、またお客さんを大事にする、
私の人間性が滲みでたということなんだろう。
うんうん、きっとそのせいだ・・・・

趣味多彩な私、何でもやるがまともなものは何もない(笑)
でも、世のたくさんの人達と語り、たくさんの人々と交流をもちたいものである。

暇人よどんどん来たれ。
(。・ω・)ノ゙

 


                                                                



 

晴れ渡った青空。
澄み切った遠景。
清々しい風が頬をよぎって行く。

普段はなかなか空を見上げるというのは少ないことだが、
秋の爽風につられ久々に大空を流れ行くいわし雲を眺めていた。

秋の風情は心を癒す絶好の好機。
花は良し、風も良し、また味覚も良し。

不幸にして家内は車椅子の生活を余儀なく過ごしているが、
これまたその不幸の中にも学ぶことは多く、
生かされる命のありがたさを共に喜ばせていただいている。

その場その場でいろいろな出来事が起こる中、
嘆くのではなく学ぶことを見つけて、充実した生活を送りたいものである。

庭では曼珠沙華が今盛りと咲き乱れている。
幼少におばあちゃんから言われた、
「彼の世界で線香花火をしているんだよ」
といわれた御伽噺が懐かしく思い起こされる。
( ̄-  ̄ )

 


                                                                



 

秋たけなわ
小寺の裏には四季折々いろいろな花が咲き乱れ、
目を楽しませてくれている。

今年遅れ目ではあるが曼珠沙華が、
妖艶さながらに咲き乱れている。
珍しいのは白色の曼珠沙華であるが、
これもまた違った趣をかもしだしている。

群生する曼珠沙華に何か心を乱されそうである。
それでなくても迷いの多い住職。
何百本かの曼珠沙華に踊らされている。

機会あれば今盛りの花を見に来られたし。
\(^▽^)/


                                                                



 

昨日は彼岸の中日。
堺寺にて夕日の会を初めて開催した。

快晴の秋晴れ。
西に沈み行く夕日を眺めてみた。
彼の世界に思いを馳せながら見る夕日の素晴らしさが、
心にしみこむような感動を覚えた。
沈みきる直前、雲は輝きでっかくて真っ赤な太陽が燦然と輝いていた。

参加者は子供連れが多かったが、
ちっちゃなモミジのような手を合せる姿、
本当に癒される光景であった。
母が去って早5年余、きっときっと彼の世界より
また私を見てくださっているのであろう。

堂内にて近隣の方たちと手作りのおはぎをついばみながら、
歓談する和やかな雰囲気。
これまた西栄寺の目指すみんなから愛されるお寺の姿であろう。

それにしても住職トーク昨日はあまりもくだけ過ぎていたか?

でも、職員はじめ参加者一同、
本当になごやかなひと時であった。
みんなみんなありがとう!
v('▽'o)

 



                                                                



 

台風被害甚大と聞く。
今日の昼ごろ当たり襲来か?
大阪はあまり自然災害は受けないが、
海抜ゼロ地帯、防潮堤に囲まれた都市部。
一度ここが決壊すれば取り返しのつかないことになるだろう。

しかしその昔はよく水につかったそうであるが、
先人の度重なる経験と工事で今の安全がある。
本当にありがたいことである。

でも、災害は忘れたころにやってくる。
その一度の体験が取り返しのつかないことになりかねないので、
油断せず常に危機意識を持つべきであろう。

昔から地震・雷・火事・親父、といわれている。
しかし世のお父さんたちが恐れているのは、
地震・雷・火事、そして嫁の怒った顔!

これまた最強に恐ろしい。
((((;゚Д゚))))))ガクガクブルブル

 



                                                                



 

大阪弁の中の大好きな挨拶、
「どないでっか?」
「えぇ、ぼちぼちでんな〜」
こんなやり取りの風景。

こんな挨拶の中には争いもトラブルも微塵も感じない。
なんとのどかな姿であろう。
わが寺には綿々と「爪に火をともす」という
言葉が渦巻いている。

昔からケチで通してきた住職。
いいカッコする人、見栄を張る人。、
それはそれで良し。でもわしにはなじめない。
されど「渋ちん」は大嫌い。

「ケチ」と「渋ちん」似てるようで全然違う。
締めるところは締めるが出すときは出すのが「ケチ」。
とにかくお金を出すのが嫌なのが「渋ちん」。

渋ちんにはなりたくないが、お金や時間、最近では電気もか?
あらゆる無駄を無くして、生きたお金や時間を使うようにしたいものだ。

とりあえず余計な電気は消せ〜!
ヾ(*`Д´*)ノ"



                                                                



 

過日の新聞で市職員の飲酒抜き打ち検査があったときく。
その折、数名の者が検査に引っ掛かったとマスコミにも報道された。
わが寺も大所帯になってきているので、
そんなことがないように細心の注意をはらっている。

この社会に身を置く我々はルールを守るということを前提にしているが、
そんなことを検査しなければならないという事実が悲しいものだ。
とにかく飲酒運転などもってのほか、僧侶として不適格者であろう。
幸か不幸か私は一切飲酒はしないが、私のような「ろくでもないやつ」が
もしその口をもっていたのなら、それこそ本人自身艱難辛苦だろう。

わが寺の僧侶の中には酒豪が居る。
きっと彼たちも自覚して飲んでるであろうが、お気の毒な事である。
昔からよく言われているが「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。」
酒を飲む人は肝に銘じてもらいたいものである。

食べ物が美味しい季節になってきたので、お酒も美味しいのであろうが、
全然お酒が飲めない住職、お酒よりも芋が好き!
o(V∇V*)o


                                                                



 

グルメグルメとよくパンフレットが送られてくる。

飽食の世といわれて久しいが、
高いお金を出して美食を追いかけなくとも、旬のものを食べる。
私はこんな贅沢はないと思っている。

食べれる幸せ、しかも美味しく食べれる。
これほどすばらしいグルメは無いであろう

「美味しい」、「うまい」、さらには「マイウー」などなど、
いろんな言葉を並べてみても表現できない幸せが食にはある♪

なにわともあれ、健康である。
何を食べても美味しい!こんな幸せはない。

おかげで、住職の腹、たぬき腹。
これまたよきかな。
(〃'∇'〃)ゝエヘヘ


                                                                



 

今日は中秋の名月。

学生のころ寮生で月見の会を初めてした事を思い出す。
そのころあまりそういう事が理解できず嫌々参加した私であるが、
こうこうと照る月明かりの中にススキの穂が揺れているのに心を奪われた。
と同時に軽装な格好だった私は肌寒かったという思いがある。
50年前過ぎた今日はまたもや熱帯夜になりそうだ。
地球もそうとうに温暖化が進んでいるのか?

そして今夜、堺市支坊で初めて月見の会を開催する。
大きな行事はできないが、近隣の方がお団子をつくり
出来上がった団子をそれぞれの思いで談笑しながら相伴するのか。

なにわともあれ近隣の方たちとコミュニケーションが取れる事を喜びたい。

(*^-^)/\(*^-^*)/\(^-^* )

                                                                



 

世の中腹立つことばかり!
ヾ(。`Д´。)ノ

深夜、檀家さんの問い合わせがあり、
パソコンで調べようと思ったら10台並んでいるパソコン
全てがロックされて動かず。何の為の管理か!
アナログの住職。
こんなもんいらんわい!

郵便が配達されてきた。
大阪府警駐車管理センターから・・・・
スクーター駐車違反金納付書を送付してきた。

大阪市内あちこちで緑の制服姿の二人組み、
肩からかばんぶら下げて取り締まり。
こんなシステムだれが作った?

駐車違反はいけない事だが、働いてる配達の車にまで無慈悲に
駐車禁止をきるその姿に違和感を覚える。
国民から財源吸収の為か?
暑い中一生懸命配達をしたり仕事してるドライバーの勤労意欲をなくすぞ。

親父から「人から感謝される仕事をしろ」とよく言われた。
散々親父からどつかれた私ではあるが、
いくら仕事がなくても緑の制服は着ないぞ!
( ̄‥ ̄)=3 フン


                                                                



 

台風一過。
清清しい青空になってるが、またまた残暑が厳しくなるらしい。
個人的なことではあるが夏には弱い私。
峠は過ぎたものの、だらしない事ったらありゃしない。

移ろう四季に自然を愛でながら消光している私であるが、
楽しみながら生かさせていただいている。

家内の介護、冬は思いやられるが彼女もそれなりに頑張っているようである。
世の不幸な人たちよ。
不幸はあなただけではない。
不幸を嘆くより、不幸の裏面にある喜びをを見つけよ!
たとえどんなちっぽけなことでも、見つけるあなたは素晴らしいはず。

現実世界はいやなことがいっぱいであるが、
同じくらい喜べることもいっぱいあるはず。

さて、お昼はうまいそばを食いにいくぞ!
これまたささやかな楽しみなり!
O(≧▽≦)O ワーイ♪


                                                                



 

介護用の車が納入された。
本坊を建てたときに、身体障害者のことを考えエレベーターを設置し、
バリアフリーを意識していたが、介護車両まで納入しなければならないとは
考えてもいなかった。
妻の病気が引き金となり、考え方もいろいろ変遷をしている。

老境にまっしぐら。されど老いもまた良し。
前にも紹介したと思うが、村上速水先生のお言葉。

「病気になって嬉しくないが、有難いと思っている」


まさにお言葉通り、いろいろ考えさせてもらえる逆境。
今ひしひしと感じている。

元気良し!病気もまた良し!
生かされる喜びを持って生きたいものである。
やったるで〜!
( ̄∇ ̄)v


                                                                



 

当時の池には赤の睡蓮が三輪咲いている。
初夏の恒例。黄色、白色と数は少ないが次々と咲き続けている。
いったい夏が終わる頃には、何輪ぐらい咲くのであろうか?
たった四株の睡蓮ではあるが・・・・・

庭の木々もこの時期になると色鮮やかなものが無くなる。
百日紅(さるすべり)もおびただしい花弁が散る。
それこそ何万という花弁だろうか。
そんなことを考えるとなんだか愛おしくなる。

まもなく月見の季になるが、本当に日本は四季を味わえる素晴らしい国である。
だからこそ、昔から日本人の心には四季を愛する豊かな心が養われていたのであろう。

目で愛し、耳を傾け、肌で感じるものを体得していただきたいものである。
(*'ー'*)



                                                                



 

昨日は東大阪のある法人会に講演依頼を受け、お話させていただいた。
早朝からそうそうたるメンバーが御集りいただき、
つたない私の話をよく聞いてくださった。

ピンと張り詰める空気の中、前のめりで事業をなさっている方々の集まりに、
私自身も背筋に一本筋を通したような感じ。
逆に言えば力を頂いた気がした。

やはり社会的に責任ある地位のかた。
たいへん頑張ってるな!と感じた。

「ご恩と夜風は肌で感じるもの、その温もりを返していくのが今後の責務」と
話して最後を締めくくったが、はたして己は?と考えた時、お恥ずかしい限り・・

古希も過ぎた己であるが、自分にも言い聞かせる言葉。
関係諸氏優しく見守れあれ。
~~旦(-_- ) 


                                                                



 

政治のことは判らないが、とにかく首相が変わるらしい。
いつものことであるが、変わればいろんな期待をこめて賞賛する。
それにしても短命な首相、世界に恥ずかしくないか?
マスコミも勝てば持ち上げるが、負ければ糞粕に、国民を見ようともしない。
そして振り返そうともしない。

国難より半年。
国民ひとりひとりが負わなければならないこともよく判る。
国を盛り返し復興の日本を誇らしげに世界に示そうではないか!
さてまた新首相のリーダーシップを問うてみたいののである。

そんな世情をよそにわが寺の境内では、
先日のそうめん流しのこぼれカスをすずめがちゅんちゅん。

微笑ましい姿である (‐^▽^‐)

 



                                                                



 

今年初めて「そうめん流し大会」をした。
本来は土曜日開催予定であったが、歴史的豪雨の真っ只中涙を飲んで断念。
そして日曜日に再度アタック!

全長30mの青竹に流れ行く、そうめんの美しい姿。
流れ行くそうめんに身をゆだね、待ち受ける子供たち。
嬉々とした子供たちの歓声。

本当にやってよかったとスタッフ一同大喜び。

合計200束のそうめんは、あっという間に子供たちの胃袋の中。
きっときっと夏休み最後の子供たちの思い出作りに、貢献できたのではないだろうか?
住職一同服をびちゃびちゃに濡らし、獅子奮闘したかいありや。

青竹を遠くより運んでくださった溝端社長、
土砂降りの中設営してくださったスタッフ達。
「ありがとぅ〜!」
感謝のあまり住職、感涙にむせていた。(えぇ〜?)



                                                                



 

今日は53回目のこころ塾の日
毎月1回楽しく時間を過ごしていただこうとただそれだけの思い。
わいわい!がやがや!
その中でただ思うがままをだべってきたが、よくまあ続いてきたものである。
今回も何を話していいのやら考えているようで考えていない・・
毎月のことであるがいきなり壇上に立ってしゃべりだす。

こんな住職のよもやま話でよかったら
ぜひぜひ集まっていただきたいものである。

都会の片隅でさみしく過ごしているご老人や孤独な者よ、
意を決して外に飛び出しわが寺の門を叩け!

不幸を不幸と嘆くばかりが能じゃない。
その裏にある心の扉を開け!
それが「こころ塾」である。

来たれ悩める者よ!
~~ヾ(^∇^)



                                                                



 

つかの間の涼しさか。
今朝窓を開けると、極楽からの風。
肌に優しく快い涼風。

例にもれず家内に夜中2、3度起こされてぐったりとなった身体が、
この涼風によっていっぺんに目覚めた。
「あぁこれが極楽の風だな!」と痛感。

反面、家内も寝ていないんだろうなぁと思うと可哀想な気がしてならない。
後遺症というのは本当にやっかいな存在である。

でもこの逆境によって「夫婦の会話」、「相手を思う心」、
が育まれるのをひしひしと感じられる。

恩師の村上速水先生の
「病気になったことは嬉しくないが、ありがたいと思う」
という言葉に心から共感できる。

長い人生、良いことばかりではないけど、その苦難の裏には
目に見えない大きな大きな喜びがある。
その喜びがあるからこそ人生を楽しめるのであろう。

病める者、苦難にあえぐ者、心広くもって裏面を見よ!
きっときっと道が開けるであろう。


                                                                



 

お盆が終わった・・・

巷では普通の生活が始まり、炎天下父さん達額に汗しているのか?

本年度のお盆法要は御幣島本坊参詣者1500名、
堺支坊500名ほどの参詣者を見た。

父を想い、母を想い、子を想い、そしてまた祖父や祖母を想う人達が
どんな思いで参詣されたのか。
きっと人それぞれの想いの心を持ちながらお寺へ訪れたのであろう。

しかし悲しいかな最近は直葬と称し、
人知れずただただ荼毘に伏され還っていく人々も多い。
想い想われ恋焦がれ、生きてる証を全うした人達。
誰一人としていらない命は無かったはず。
霊安室から寝台車にのせらて連れて行かれる姿は忍びない。

当寺では16日の晩に「西栄寺万燈会」を開催しているが、
ゆらめく炎に想いを重ね、すっと手を合せる。
そんな想いの中、住職複雑な気持ちである。

お送りさせていただいた万霊みんなみんなありがとう。


                                                                



 

またまたさぼっちゃった。
ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

己のづぼらさをカモフラージュするには「多忙」という単語は便利なものだ。

一昨夜、娘のマンションに初めて行ってみた。
ベランダから彼方に見える遠花火観賞は幻想的な世界だった。
以前納涼船に乗り花火を間近で見たことがあるが
腹の底から響き渡る音と光を体感で味じわう世界であった。

今回はそのような体感的なものではないが、
花火は祭り人間の私にとって楽しくてしかたがない。
その昔からよく花火見物にいったものだ。
古くは「葛葉の花火大会」。「浜寺の花火大会」。
今は懐かしい思いで・・・寂しいかぎりである。
されど残念ながら日本一と言われるPLの花火大会には
行くチャンスに恵まれてない。

なにわともあれお金もかかるらしいが、
夏の風情ある花火は存続していただきたいものである。


                                                                



 

じりじり・・・
言葉には便利な表現方法がある。

まさに「じりじり」の単語があてはま酷暑。
今年は残暑も長引くと聞く。

世のお父さん、月が改まってまた今日から汗を流しながら頑張る姿。
本当にご苦労様です。

わが寺も昨日は給料日!
奥様方は昨夜帰るお父さんをどう迎えたであろう。

お父さんを待っていたのか?
給料袋をまっていたのか?

お母さん。あなたはどちらでしたか?

お父さんは、あなたの一言でまた一か月働けるのです。

そのかわいい声で  
ヽ(‘ ∇‘ )ノ  ウフフ


                                                                



 

昨日は社員研修を兼ねた電話対応講習を行った。
その道のプロを招いての6時間に及ぶ講習だった。

それにしても、たった一本の電話が企業の顔になり、
見えない相手の心を揺り動かし、癒しもすれば不快も与えてしまう。
電話応対というのは決しておろそかにしてはならない、
ということを感じ取った。

はたして、たった一回の研修でいきなり向上するとは考えられないが、
これを機にますます「こころのお寺」として発展したいものである。

( ^-^)_旦""


                                                                



 

当寺は、いろんあ文化活動を行っているが、今日は太極拳の同好会。
毎週、老老男女!が三々五々集まってきた。

住職若き頃より「なんでもやったろう精神」旺盛!
残念ながら太極拳はしたことないが、楽しいものらしい。

静かに流れゆく時に身を任せ、易しく見えるが大変らしい。
その道その道で極めると言う事は、至難の業であろうが
何でも楽しんでくれたらと思っている。


                                                                



 

台風一過。
曇天とはいえ、またまた空には国旗と仏旗がひるがえっている。
たなびく姿に頼もしさを感じる。
今日も一日巷のお父さんたち、額に汗をし頑張ってくれるのか?

六甲おろしが、ちょっと寂しさを感じる。
私個人的にはどうでもいいが、ただただ最下位という汚名返上をするため
ベイスターズを応援してやろうか?
ヤクルトを引き摺り下ろし、ベイスターズを一位に!
何のことはない、ただ判官びいきなだけである。

何はともあれ、野球にサッカーに一喜一憂するそんな世界もいいのではないか?
私はスポーツのことはわからないが、何でも感嘆の声を上げれる俺でありたい。


                                                                



 

台風来襲ときく。
我が寺では毎日国旗とブッキを掲げているが、
本日はご遠慮申し上げている。

なでしこジャパンは世界一と聞く。
国民こぞって何故、日の丸を愛していないのだろうか?
その昔外国船の船員が日の丸を見たとき感涙したと聞く。
異国の空ではためく日の丸の旗と青空と紺碧の海の色に
大いに国民性を感じたのであろう。

日本人よ。日の丸の旗を大きく捉えようではないか。

\(⌒▽⌒)/


                                                                



 

おぉー!今日もかんかん照り!
巷ではおとうさん達がこの暑さの中顔をしかめながらも
嫁子供のいないところで、歯をくいしばっている。
時、当寺ではもっか納骨堂完成に向けて、
カンカン照りの中、昨日も大工さん達が陽を背にし頑張ってくれている。
3時のおやつには冷たいお茶を出さずにはおられなかった。

介護実習も昨日山場を越えたが、私もあと一歩。
本当に皆さんご苦労さまです。

そして今朝も暑い中、近隣の男女ゴミ拾い隊が集まってくれている。

あぁー有りがたい事です。

当の住職クーラーの下で団扇をあおいでいるのか?
人( ̄ω ̄;) 


                                                                



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