浄土真宗 単立 泰心山 西栄寺では、永代供養、仏事、葬儀、法要などのご相談をお受けしています。大阪市、堺市、 尼崎市にあるみなさまのお寺です。

泰心山 西栄寺
 
             西栄寺おもしろ住職

 

 

西栄寺住職 山田博泰

住職が毎朝、直感的に語るおもしろ言葉をつづります。

 

平成21年の「おもしろ住職の一言」はこちら
平成22年の「おもしろ住職の一言」はこちら
平成23年の「おもしろ住職の一言.前」はこちら
平成23年の「おもしろ住職の一言.後」はこちら

 
 
 
西栄寺 おもしろ住職の一言




 

またまたさぼりぐせ。
ここ数日、またサボってしまった。

過日の豪雨で池の水は満タン。
されど、金魚がまたまた青色吐息。
ものの本に寄れば銅がいけないらしい。
屋根を伝う大気の汚染物質を含んだ雨水が悪いのか?
淡水生物は特に水の変化には弱いらしい。

しかしわが寺の井戸と池にはほとほと手を焼いている。
地中の汚れと大気の汚れが人間の犯した罪。
わが寺の井戸水から綺麗な昔の井戸水が出るのはいつのことか?
一度壊してしまった地球はいつ良くなるのか?

(-_-)ウーム


                                                                



 

よく降った。
この雨を恨んだものもあろう、慈雨を喜びとしたものもあろう。

雨上がり寺の国旗も仏旗もそよ風にたなびいている。
すがすがしい空には旗がはためき、庭にはサツキが満開。
さんさんと照る朝日が眩しい。

希望の一日の始まりである。

皆様にとって今日もいい一日でありますように。
(^人^)

                                                                



 

東京から第一陣連絡有り。
選抜4名の第一声は元気そのもの。
しらぬ土地での新しい息吹を感じる。
開拓精神を養い大きな原動力になってくれればと思う。

思い起こせば尼崎で産声を上げた西栄寺。
私も若かったのであろう。当時の叱咤激励を改めて嬉しく感じる。
28年の変遷の中に、嬉しい事、楽しい事、悲しい事、腹ただしい事、
など様々な想いが交錯する。

きっと腹ただしく思う人もいるであろうが、うれしい限り。
甘んじて受けてたとう!

                                                                



 

いよいよ東京西栄寺開設のためプロジェクトを立ち上げた。

西栄寺スタッフ36人の中から選抜4名の抜擢をやってみたが、
本人たちは複雑な思いであろう。
私自身思い立ったときは西栄寺本坊建立があったので、
一度は挫折した思いの東京進出ではあるが、
新しい地に於いて西栄寺の一番強い力、
すなわちハングリー精神
開拓精神が燃え滾っている。

この炎どこまで燃えたぎらせるものがあるのか、
この一年は三つの大イベントがあるが、やりこなせるのであろうか?
心配である。が、
いくでー!やったるでー!

                                                                



 

交通安全週間真っ最中

職員36名一丸となって
安全運転に取り組んでいる我が寺としては
プロジェクトを組み頑張っているが
初っ端馬鹿たれが一人おかまを掘り
二日目には軽微であるとはいえ接触事故。

普段何も無いのに逆にこの期間惨憺たる有様、
性根を入れ替え秋の交通安全週間まで半年間御題目を唱え
秋にはこの成果がでるか?

無事故無違反を教訓に頑張ってもらいたいものである。

                                                                



 

もっか春の交通安全週間真っ最中!
そんな大事な時にオカマをほってきたアホなやつが、
わが寺の中におよそ一人おる。 ヾ(*`Д´*)ノ"

住職がいばっていることの一つに、若かりし頃より53年間あれほど単車を乗り回し
町中を走ってきたがまだ一度も事故がない。
この記録は伸ばし続けたいし、また事故には気をつけろと
職員にも口を酸っぱくして言っている。
このやんちゃな住職であるが、このポリシーだけは守り通していきたいものである。
でもいつあるのか?どこに魔が潜んでいるのか恐ろしい限りである。

昨日もいやがらせの電話があったが「陥れよう」「叩きのめしてやろう」と、
そんな輩がまわりにはいっぱい。

胸襟を正し信ずる道を進むのみ。

大阪人の住職。
庶民を大切に目線を下げ、人に耳を貸し、己の褌を締めなおしていこう。
肥満体の住職、とかくすると褌がずれ落ち後ろに引きずっている。
( ̄へ ̄)

 

                                                                       



 

大雨の後、快い風に半旗となっている日の丸が心地よくたなびいている。
当寺には小さな池があるが、近隣の方たちが持ち寄ってきた金魚や鯉、
メダカに至るまでが泳いでいるが、なぜかしら雨の後必ず魚が死んでいる。
昨日は8匹、今朝は小さな鯉が1匹・・・・

本堂の大屋根に積もった汚染物質が雨によって洗い流され、
池に入り水が汚されているのであろう。
ぷかりと浮かんでいる姿を見ると、人間が大気を汚しているということに憤りを感じる。
魚さん。ごめんなさい・・・

鬼の目にも涙。
(TдT)

 

                                                                       



 

人それぞれにはそれぞれの道がある。
振り返ってみればやんちゃな私がこんな道に進むとは到底考えられない。

高校卒業の折、今でいう「たまり場」にしていた所で卒業後の道を話していた時、
何の目標もなく惰性で生きてきた。ただただ剣道に明け暮れていた私。
そんなことを思い出している。
きっと親はそんな私を見て嘆いていたことであろう。

あれから五十年余、老境に入りた私。なんだか人の一生なんてむなしい感あり。
これで良かったのか?悪かったのか?

今はただ与えられた時間を自然に受け入れ、あるがまま過ごしたいものである。
仏様の大きな懐に抱かれ、ある意味では仏様のまな板に乗せられた
まるまると太った鯉そのものである。
( ̄ω ̄;)

                                                                       



 

友人の見舞いがてら越中の春を感じようと思ったが残念ながら土砂降り・・

目的の友人は筋萎縮症に苦しんでいる。やっかいな病気である。
五十年前の龍谷大学時代の友人であるが、
今をこうして付き合いできる仲間がいるのが嬉しい限りである。
とかくすると利害関係に翻弄され、嫌な世界を見なければならないが、
友人とは本当に素晴らしいものである。
心からの友。はたして私には何人いてくれるのであろうか?

この年になり、一人去り、二人去り・・・
その中で一人立った時、人間の存在感を考えさせられる。
友人と二人して語り合った昨日。
人として我々は何を残せるのであろうか?
また残したのであろうか?
評価は後世のものが語るであろうが、
今は精一杯やっていくことであろう。

事務所に戻ってくると職員はパッと散っていく。。
やはり嫌われているのであろう・・・
(注:そんなことないです)

ぽつんと取り残された住職、お土産を一人さびしくかじる。
(・ε・)ムー

 

 

                                                                       



 

窓外のつつじが満開。
花の盛りの春、今盛りと咲き競っている。

人間にとっての四季もあろう、
でも人間は四季の四つでは表せないと思っている。
老域に達した小生であるが老いて益々盛ん!
なんてことを前面に押し出し痩せ我慢をしている。
後ろからどんどん押し寄せてきている老いを
追い払いながら、怒鳴りながら日々生活しているが
どこまでやっていけるのか?

堺の会館建築、本坊の位牌堂改築、隣地の会館建設、
なんて次々大きな行事があるが
果たしてどこまでやれるのか少々不安。
若者よ頑張れ!

 

 

                                                                       



 

最近の住職ブログがおもろない!
と、ご批判。
やんちゃ住職はどこいった?
とも、ご批判・・・

ただ単なるご住職であれば、その辺に偉いお坊さんは沢山おる。
そんな偉い坊さんではなく、庶民の中に溶け込んだ住職を目指していたはずと自戒。

そういえば家内の病気以来ちょっとしゅん太郎か。
さらにまた住職本人も強烈な風邪をひいて以来、
ここ半月ちょっと意気消沈だった。
が、事務所に於いては元気を取り戻しているようだ。
昨日も五年にいっぺん(?)の大爆発があった。

宮沢賢治の世界もいいが、
山田住職のやんちゃ住職の世界もまたおもろいか。

やったるで〜♪ウイルス飛んでいけぇ〜♪

 

                                                                       



 

春の嵐とともに、住職に風邪をもたらした。
一週間のご無沙汰。ほんとにひどい目にあった。
ただ寝てるだけ「こんな無駄なことがあるか!」と思いきや、
これを機会に諸々熟慮させていただいた。

その間に嬉しいことに、北九州より旧友の奥様とお子様が訪ねてきてくださり感激した。
残念ながら旧友は既に還浄土の人で写真だけであったが、
生前から一度はぜひお寺に来てみたいと言っていたそうだ。
九州の地を去って30年。
今はこうしていろいろさせて頂いているが、あの別れの時く二人で手を取って泣いた。
若かりし頃、地域貢献に頑張ってきた人であったが、彼は北九州、私はこの難波の地で
足元を固めさせていただいた。

細谷さん!彼の空より見ていてくださいますか?

彼は亡くなる前、ベッドの中で「死んでからも自分のことを思い出してくれるかなぁ・・」
と言って、号泣していたそうな・・・

細谷さん。また北九州に在住の折お世話になった人たち。
本当に本当にありがとう。

30年経って今は妬み嫉みの渦の中にあるが、
おかげでそれなりにがんばらさせていただいている。


妬む前に己を振りかえよ!
嫉みの前に胸襟を正せ!

あぁ愚かなり・・・

 

                                                                       



 

久しぶりの晴天。
真っ青な空の下、半旗になった日章旗が風になびいている。
昨日は東北震災犠牲者の満中陰をお勤めさせて頂いた。
痛ましい事故は 我々の眼にふれない所で
たくさんの方が、苦難を抱えているのであろうと考えると胸が痛む。
27日、大阪日日新聞を通じて義援金を送せて頂いたが
私達に一体何が出来るのであろうか?
昨夜、NHK番組のクローズアップ現代で法要を拝見したが、
復興に向けて企業を再開する為
事業主は事業主としてなんとか雇用問題を解決すべく
奔走している姿に胸が熱くなったのは
私一人だけであったであろうか?
私は政治の事は分からないが
国は国でご苦労はあるのであろう
この苦難の時こそ政治力を発揮して
政治家は国民の期待に応えて頂きたいものである。
私個人として出来るちっぽけな事から
やって行きたいと思っている。
こんなちっぽけな力だが
みんな寄せ集めれば、大きな力になるであろう。
みんな一緒に頑張ろう。

                                                                       



 

春真っ盛り
数は多くないが、赤い牡丹が咲き誇り
春を満喫している。

花の王者といわれる牡丹であるが、見事なものである。
そよ風に揺れる花の王者は誇らしげであり
ドンと構えた豪華な趣を醸し出している
まさに王者といわれる由縁であろう。

人も獣もそんな風格を持った者が正しく王者なのであろう
おごらず、堂々とした風格を感じさせ
すっと咲く…その奥ゆかしさになんとも惹かれる
人もそう有りたいものである。

                                                                       


 

 

春と共にわが寺の小さき庭にも草花が勢いよく花や芽をだしている。
池の金魚も最近は水面で元気よく泳いでいる。

自然って素晴らしいなぁ〜

やがては「つつじ」も「チューリップ」も、
そして可愛い「いぬふぐり」も花を咲かすであろう。

何万年と息づいてきたこの自然を、全て人間が掌握しているとおごれる私たち。
されど地中においては人間が汚した汚物によって自然が泣いている。
当寺の敷地の下地中もの先人達が汚しまくったのであろう。
井戸も地中汚染により水が濁っている。

過日、井戸水を一日中出しっぱなしにしてみた。
少し時間がたてば水位は戻って豊富な水はでるが、
汚れ濁った水は戻らない。

人間よおごることなかれ。
この汚れた地球はいったい何万年すれば戻るのか?

汚すは一瞬、戻すには万年。
心したいものである。                                                                        



私も年をとったのか?
今までも喜怒哀楽の激しい私であり、いろいろな感動もこれも良しとしてきたが、
最近特に感傷的な感じである。

野に出て草花を見て感動し、そよぐ風を感じて心なごみ、小鳥のさえずりを愛す。
日本人に生れて四季を感じられる。
そういう世界がとても好きで、へたではあるが若かりし頃より
いやいや始めた俳句にも今は楽しく接する事が出来る。

寺院的にはいろいろな場面に出くわしてはいるが、
これまで野獣の如く匂いをかぎ分け、がむしゃらに突き進んできた。
されどこれも曲がり角に来ているのか?
私にはわからない。

結果は後世の者が判断を下すであろうが、
思うがまま、成すがまま、天から与えられた使命を全うするのみ。

少々感傷的になっている私であるが、多々激励のメール・お便り、有り難いものである。

生かされた命、大事に大事に守っていきたいものである。

 

 



家内の病院へ頑張って自転車に乗っていってみた。
片道45分、疲労を感じていなかった。
周りの景色に目をやりながら、春うららなひと時を味わう事ができた。

堤防には菜の花が満開。
河川敷にはコイノボリが、水辺では釣り糸を立ててるのどかな姿を
満喫しながらのひと時であった。

残念ながら家内のリハビリは思うようにはいってないのであるが、
正に薄紙を剥がすが如く、あまり多くを望まずにいきたいものだ。

秋には手押し車を押しながらでも、
こののどかな風景を見せてやりたいものである。

鬼の目にも涙

 

 



村上速水先生はわが恩師の一人。
小柄な先生だったが眼光の鋭さは厳しいものだった。
その先生も二十年来闘病生活をなさっていると聞く。
そのお言葉に「病気は嬉しくはないが、ありがたいと思う」とおっしゃった。
・・・古希が過ぎた私、それなりにそれなりか?

妻もリハビリの特訓中。
あと暫くの辛抱であろうが、全快は不可能であろう。
されど不幸を甘受し、将来の指針として幸の機転にする
好機と受け止めたいものである。

人は与えられた命の中で、多々悲哀があるであろう。
その中に自分自身を見つめたいものである。


 

 

 



選挙選たけなわ。
赤い旗やら白い旗、緑・青と各候補ともそれぞれ特色を出し、
超え高々に叫んでいるが、なにがなにやら私には理解できない。
どの世界も自分の好きなことを言ってるだけ。
されど声のでかい、態度のでかいそういったものが、
世の中を君臨する。そんな世界には身をおきたくない。

昔から『立って半畳寝て一畳』。
『たとえでくのぼうと言われても・・』
と言った有名な詩人がいたが、
『じっと手をみる』そんな謙虚な人間でありたい。

朝寝朝酒が大好きで、努力とか辛抱という字が大嫌い。

こんな男に誰がした?

※住職はお酒は全く呑めません。

 

 

 



今日は花まつり。
我が寺の山門にも花御堂を設置し、誕生仏の像と柄杓、大量の甘茶を用意した。
ところが今日はあいにくの雨で甘茶が残るのではと心配ではあるが、
雨露にぬれる花御堂はそれはそれで絵になる風景である。

花と言えば、我が寺にも可憐な花が2名、尼僧として在籍している。
そのうちの一人が今朝初めて、お朝事の導師を勤めた。
緊張の為の汗をかきながら一生懸命読経する姿に、
私自身50年以上前、初めて導師をした時の事を思い出した。

新しい風とはこのように、周りの人間の心にも一陣の風を送るのであろう。

 

 

 



昨日に続いて、空は真っ青。
半旗の日章旗も風でたなびいている。
こんな好天にめぐまれた大阪ではあるが
東北においてはまだまだ寒く空っ風に吹かれて、
耐え忍んでいるのであろう。

日本のみならず世界のかなたでも頑張れの声は
届いているのであろうが、掛け声だけでは耐えられない。

一体私には何が出来るのであろう?

今、一度自分の胸に手を当ててみよう。

 

 

 



恒例の研修会が無事済んだ。
我が寺としては職員の研修会を年2回開催しているが、
今年度第一回の研修会はその筋では高名な
新生活互助会の日塔常務とスタイル花壇の萬代チーフディレクター
両名の講義を賜った。

「あいさつ」の基本精神から葬儀業界の真髄まで
我々の知らない世界をいろいろ学ばさせていただいた。
各業者がしのぎを削り、生き残る為の知恵を研磨している。
我々業界は寺院の中に胡坐をかいてはいやしないか?
聞けば聞くほど、頭が下がる思いである。

また同日、4名の得度者を輩出することができた。
彼達の真摯な姿に50年前私自身が得度した時の厳粛な思いを
思い起こさせてくれた。
これから彼達はそれこそ僧侶の先端に立って
頑張っていかれるのではと思う。

 

 

 



震災義援金があちこちで声盛ん。
当寺も連日皆さんの協力を得て、多くの義援金を募っている。
マスコミにおいてもテレビ・新聞紙上で連日報道しているが、
津波被害のみならず原子力発電も困った問題であろう。
この件は専門家に委ねることにして、
我々としては少しでも同朋のために働こうではないか。

西栄寺においては多岐にわたり様々な活動をしているが、
多々ご批判もあろうかと思われる。
しかし 何もしなければ何も起こらない。
そんな寺にはなりたくない。

いろいろあって人生だ。
何もしないよりも良いと信じている。

でも・・・いろいろありすぎるかな。

 

 



彼岸法要も無事終えた。
20日は大阪本坊、21日は堺支坊で行われた。
特に21日は冷たい雨に見舞われたが、
本坊は1200名ほど、堺は700名ほど善男善女の方たちが
おまいりに来てくださった。
受付のほうでは粗供養が足りないのではと嬉しい悲鳴。
本当にありがたいことだ。

昨日は東北大震災義援金活動もやらさせていただいた。
これまた合計140万円ほどになってきている。
「何でも屋の西栄寺」と自負しているが、
いろんな活動をさせていただいている。

また今日から女性の僧侶を目指し、さる高名な社長の奥さんが
西栄寺の門を叩いてくださった。
僧侶を育てるという事は、私たちにとって究極の願いである。

今日もまた毎月開催している「こころ塾」も
沢山の方が集ってきているようである。

今日も忙しい一日となるであろう!

二階では大工さんが忙しく作業中、外では植木屋さん庭の手入れ中、
事務所では住職が頭から湯気をたてている。

 

 



連日震災のことが報じられているが、
一週間たった今も先はまだ見えてこないであろう。

戦後最大の悲劇、死者の9割が溺死ときく
津波の恐ろしさを、私達はマスコミから得る情報しかないが
現地の人達が経験した恐ろしさは悲惨なものであろう。
命が助かった喜びと、
現実との狭間に生きていかなければならない事を思うと
我々に出来る事は何でもしよう。

我が寺も頑張れ東北!という合言葉に
義援金募集活動をしているが
私達に出来る事は微々たるもの
昨日も沢山の方が募金に協力してくださった。
わざわざ運転中のトラックを止め募金に協力して下さった
運転手さんはじめ、ご協力者に心からお礼を申したい。

復興という言葉を信じて
がんばれ東北!がんばれ日本!

 

 



災害義援金を受付が始まり5日目
昨夕から御幣島駅前を中心にして街頭に立つ事になった。
とにかく寒かったが、
もっと北にいる暖房もままならない被災者の方々は
如何に立ち向かっているのだろう。

街角に立つ私たちも艱難辛苦、ボランティアの方達20数名が
手を真っ赤にし、ゆく人達にただひたすらお願い
感心したのは、
たとえ募金できなくても「ご苦労さまです」と優しく声を掛けてくださり、
その思いを痛いほど肌で感じる事ができた。

希薄な人間社会というが
日本人まだまだ捨てたものではない。
海外メディアで誇調された面もあるが
阪神大震災の折もパニックにならず整然と並んで
救援物資を受け取る人達
今回も多大なる被害を受けているにも関わらず
落ち着いて被災者の方達がじっと堪えている姿をみると
日本人の忍耐強さをうかがい知る事ができる。

先達から受け継いだ「日本人の心」で一丸となって
この苦難を乗り越えてほしいものである。
頑張れ東北!

 



根こそぎとはまさにこの事。
まったく跡形もなくこんな事が現実おこるのだ。
遅ればせながら西栄寺も組織的に、援助金活動を立ち上げた。
一日にしてそれなりの義援金が集りだしている。
まだまだちっぽけなものであるが、みんなの力をここに集め
うねりとならずとも支援の片隅において頂き
出来るだけ長くやりたいものとして、一昨日正式に決めた。
当、寺のホームページの一文をこの義捐金活動にあて
日々公開していく予定だ。

まさに最悪な事であろうが
そのご縁にしてさらなる前向なものにしていきたいものである。

悪い事は悪い。
不運な事は不運であろう。
でもそれによって人の心を感じ取る事ができ
また人の善意がにじみ出るものである。

悪い事の中にそういう素晴らしい世界も開けるものである。
されどこの悲惨な現実の世界
少しでも緩和していきたいと願っている。
昨夜TVを見た。
二万個のパンが一日で無くなってしまうという現実
悲壮な世界である。

全国民の善意を奮い起こせ。
その善意を奮い立たせよ。


 

 



遠くでは我々考えも及ばぬ事になっているが
思い患うも、何をさせて頂いたらいいのだろう。

昨夜も幹部会を開い議案を巡らせてみたが妙案浮かばず…
実際に現場行く者の思いとしては色々問題もあるようであるが
小生の思いとしては考えるよりも即実行。

どうやら住職として強権発動して実行させるべきなのか
現場からの職員の思いを大事にしてやりたい気持ちもおおいにあるが
額に汗をして諸々の批判もでるであろうが
頑張ってもらうしかないのであろう。


 

 



大変だ未曾有の大災害、
画面を見ていて自然の恐ろしさと同時に
人間のおごり高ぶり感じさせられた。

何はともあれ被災者の冥福をお祈りしたい。

人間の力なんてちっぽけなものだが
微力ながら皆が被災者の為に今こそ何ができるのか
一丸となって考えていかねばならないだろう。

被災者の皆さん、またそれにともなう行政、
個人ひとりひとりご苦労様を言いたい。
頑張れ!奮いたて今こそ!


 

 




またまた九州に行く機会があった。
九州から見れば戦い破れ落ちぶれ大阪へ逃げ戻った小生である。
しかし九州にいた頃、共に地域貢献の為頑張ってきた彼は
その功績を認められ、この度叙勲をいただいた。
そのお祝いにいったのであるが、そうそうたるメンバーに会うことができ、
嬉しい限りである。
32年経って、負け犬は大阪で獅子奮迅のごとく頑張っている。
所詮負け犬といえども、九州に帰った負け犬は少々胸をはっていた。

思えば32年前尻尾を巻いて逃げ帰ったが、よくまあがんばって来たものだ。
貧すれば鈍するとはよく言ったものだがその鈍した時、
優しい言葉をかけてくださった方達を思い出す。
これが本当の愛であろう。

叙勲を受けた刀根氏は同年代であるが、
私と違って叙勲を賜れるに値する人格者である。
私はそんな人格者にはなれないが、難波の空のにごった世界で遅ればせながら、
人の為尽くしたいものである。
昨夜決まった事であるが、大阪本坊納骨堂・大阪本坊会館新築・堺支坊会館増築、
この三つの事業を同時進行することになった。

微力ながらこの難波の空の下で彼に負けないような人間になりたいものである。
関係諸氏、ご理解あれ。

 

 



雨雲がたれている。

こんなどんよりした空模様をみると
生まれ育った越前の空を思い出す。

北陸の冬は厳しい時期、毎日閉ざされた家の中にじっと堪えている
不屈の精神もこんな中に育つのか
この閉ざされた世界にも間もなく春がやってくることであろう。

常夏の国もよし、
されど耐え忍んだ後の春は
常夏の国の人より喜びもひとしおであろう。

苦の中に楽を見つけて頂きたいものである。

 

 



静かに雨が降り注いでいる。

庭にある小さな池の一部に
本堂の大屋根の水が入るようになっているためか
雨が降ると魚の様子がおかしい。
たいした魚ははいっていないがそれでも尊い命、
雨が降るたび頭悩ます。

原因は分からないが小生感ずるに
本堂の大屋根に塵として積もる煤煙に
有毒物質が蓄積され、それが雨によって流された時
魚にとって悪いのではないだろうかと思っている。
浮遊物質、我々は慣らされてしまっているが
環境汚染は目に見えないところでおこっているのではないだろうか?

10年かかって汚した環境を
自然に戻すには100年かかると言われている。
地球を壊すのは人間、地球を利用できるのも人間、
子々孫々により良い環境を残してやりたいものだ。

 



お寺は行事が盛り沢山。
初めての経験は昨日、梅田茶屋町のジュンク堂で
トークショーとサイン会があった。
「こころのお寺」の本のうれ行きも順調と聞く。

わざわざ集って下さった方達は
どんな思いで来て下さったのであろう。
毎月のこころ塾の延長のような話ししかできなかったが、
私としては楽しいひと時であった。

又、力を入れている行事の一つ
「ほのぼのバスツアー(中高年お見合い)」
本日の参加人数は31名、
どんなかたたちの出会いがあるだろう夕方が楽しみだ。

時間に追われ行事に追われ大変であるが楽しいひと時である。

 



今日は「こころ塾」の日。
朝から頭を悩ますもの。どんな話をしていいのやら?

本っ当に頭を悩ましている・・・・ ( ̄へ ̄|||)

毎度のことながら原稿もなく、趣旨もなく、ろれつの回らない口で、
牛の涎のごとくだらだら喋っている住職。
こんな話をよくもまぁ・・
46回も来て下さっている方々に申し訳ない思いである。

いれかわりたちかわりではあろうが、
毎回100名弱のご参集賜りありがたいとである。

今日も申し訳ない思い・・・ただそれだけで1時間たつのか?
想いとしては心を込めて話したいものだ。

ご参集の皆様、申し訳ございません。

今日も無事でありますように。
(-人-;)

 

 

 

 



昨夕は第三回ゆめ舞台を開催。
若手芸人が6組持ち味を生かし、熱演していた。
音楽を志すもの、落語会を目指すもの、その人その人いろんな芸を見せていただいた。
とかく若い者はと言われる昨今、なんのなんの!
社会の片隅で芸を磨き、その道を一生懸命貫いている心に触れたとき、深い感動を得た。

今は親のすねをかじっていながらも、せめて一食一飯の糧に甘えず飢えをしのぎ、
ただただ一心に道を極めている。
老境に迫った小生も彼らの姿を見て、なにかエネルギーを得られた気がする。

倒れるとき後ろにではなく、倒れるときは前向きに倒れて彼の世界に行きたいと
絶えず願っている小生。
どこまでがんばれるのか?乞うご期待!!

否、誰も期待していないか(笑)
悲しいかな・・・

 

 

 



元旦会から始まり節分も過ぎ
寺は既に彼岸法要の準備を始めている。

今日は第3回夢舞台、明日は京橋ベロニカでのライブ
木曜日はカラオケ同好会、金曜日の太極拳クラブ
土曜日は学習塾、日曜日は空手教室。

来週第4水曜日23日はこころ塾。

絶えず人の出入りがあるようなお寺を目指してきたが
行事が目白押しで、現実なんとまぁ本当に忙しいのである。

住職は古希を過ぎ少々動きは鈍くなっているが
楽しんで行事をこなしている。
忙しい人暇な人理由はともあれ足を運んで下さい。
ま、当分の間住職と遊んで下さい。(^v^)

 

 

 



過日、遅まきながら新年会に出席させて頂いた。
あまり宴会には出ない小生、
しかし食事もよし、歓談もよし、楽しいひと時を過ごした。
何より感心したのは、店を出る時靴を履くと
靴は磨かれ暖めて下さっていた。

その昔、木下藤吉郎の話を思い出した。
料理を運ぶ仲居さんから下足番にいたるまで
お客さんに対する気配り心配りに本当に感心した。
だからこそ店が流行っているのであろう

我が寺に来てくださる方々にも
そういう細やかな気配りを忘れずにいたいものである。

 

 



人並みに風邪をひいたが、おかげ様で2、3日で回復。
坊守の病気も、先人がうまく表現した
「薄紙を剥がすがごとし」少しは良くなっているのか。

老犬モンの家出騒動も
心優しい方の保護のおかげで、無事3日目に帰ってきた。

人間思い患う色々な出来事多々あるがそれはそれ、
日々精進することによって改善するのだろうか。
何とかなるでという無責任な気持もあるが
ま、何事も何とかなるんだなあ…
でもその前提にあるのはその刹那刹那を頑張る事なのか。

難しい事は考えず、気長にやっていこうというのんびりした暮らし
瞬間湯沸かし器といわれている住職もこんなのんびりした気持が必要。

 



寒さひとしお。
心なしかみかんをついばみに来るメジロも膨らんでいる。
小さなくちばしでついばむ姿、愛らしい。

わが寺の老犬モンちゃんも一昨日から家出をしちゃった・・・
この寒空どうしてるのだろう?
いつもお世話なさってるおばちゃんの姿がこれまた可哀そうである。
昨夕も雪の中濡れながら近隣を探している。
ぬれねずみになったおばさんの姿が哀れでならない・・
行方不明の老犬モンもきっとぬれねずみになり、
身をほそばめて立ちすくんでいるのか?
19年間も西栄寺の門番をつとめてくれた、
あんなに果敢な犬もここ最近は歩くのもやっと。

犬も人間も同じ。
わが人生近い将来、老犬モンのようであろう。
悲しいかな、家内にいわせれば住職はのたうちまわって死ぬらしい・・・
あぁーいやだいやだ

お迎えが来たらさっと逝きたいものである。
「ぴんぴんころり」それを目指して今日も行く。。
やんちゃ住職ここにあり。
来たれ暇人よ!

 



♪ゆーきやこんこ あられやこんこ♪
わーい!わーい♪うれしいなー
朝目が覚めると薄暗い外には、雪がふっているではないか。
ここでこんな雪だったら山間ではきっと大変な事であろう。
早速山間の友人に電話したところ、雪で家を出られないとのこと。

今朝は沢山の方が困ったであろう。

雪景色をパチリ、パチリとファインダーに納め、風情のあることを思う。
庭のメジロも餌のミカンに積もった雪を払いながらのお食事。
優雅なものである。

外に出るものにとっては、本当に大変な事であろう。
早速、近くへのお参りに参上する。
しんしんと降る雪。公園の木々も綿帽子。
カランコロンと響かす、下駄の音も風情があるのであろう。

雪景色の中傘をさしていく己の姿、
遠くからみればこれまた一幅の絵になっているのであろうか?

見るものにとっては素敵な絵であろうが、山間の人は雪を撥ね退け大変なことであろう。
なにわともあれ、与えられた風景、楽しみながら頑張って行こうではないか!

ご苦労様です。

 



久々の雨。
そういえば、庭の木々はまだ眠っているのか?
昨年の猛暑でずいぶんと樹木が痛んでいる。
ひと雨により木々は目覚めて行くのであろうが、
痛んだ樹も甦って欲しいものだ。

毎日やっている枝に差したミカンを小鳥たちがついばんでいる姿、
そんな光景を窓から見るのが好きだ。

自慢のシャクナゲも今は哀れな姿、
一度壊れた自然のものが甦るのはなかなか難しい。
でも哀れなシャクナゲもきっときっとまた、
素晴らしい春を迎えてくれる事であろう。
慈雨に感謝。

今日は鬼の住職も胃の健診らしい。。
先ほどから赤鬼が青鬼のような顔をしている。
体内の異物を排除するも、この際精神的汚物も排除出来れば、
きっと青鬼も円満な顔になるだろうに・・・

 



鬼の霍乱か?
とうとう鬼も世間に乗り遅れまいと、風邪をひいてしまった。
我が寺35名中いったい何人が風邪をひいているのやら?
寝込むという単語のない住職。
節分の豆まきで一緒に厄払いをしたのか?
節分と共に風邪も追い出してくれたようだ。
おかげでまた住職鬼が住み着いている。
赤鬼になったり青鬼になったり、立派な鬼である。

おかげでこの小欄も休んでしまっていた。
それにしても今年の節分は近隣の人達が100名以上きたであろうか?
嬉しい限りである。
人の出入りが耐えない寺であるが、老若男女にぎやかなことはありがたいことだ。

今年も一年たとえ豆をまかれようとも、ぶつけられようが、
病状回復と共に住職鬼復活!この寺にとどまってやるぞぉ!!!

 



下界は今年二番目の寒さか。
寒風の中、近隣の方が今朝もゴミを拾う為、三々五々散っていく。

例に漏れず無精者の住職は、仕方なく後ろから付いて行き、
一番に帰って来るのも、これまた住職・・・

嘆かわしいかな・・・

国旗はハタハタとはためき、雄姿を誇っているかのようである。
いま日本は大変らしいが、私には政治はわからない。

されど日本を思う心は誰にも負けないつもりである。
日本人としての誇りは持ち続けたいものである。

 



寒中真っただ中。
でも暖房の効いた部屋から外を見ると、そんな気配は全く無し。
されどお父さんは今日も寒風の中を進んでいく。

最近メジロさんにミカンをあげているのでよく飛んでくるが、
働くお父さんと寒気を切っ裂き飛び去るメジロと見比べる事がある。

美しく飛び交う鳥もこの寒気をどう過ごしているのであろう?

年老いた事をいいことにして、最近の住職動きが鈍くなっている・・・
駄目な時は「もぅあかん・・・」と言って後ろに倒れるのではなく、
「もうあかぁーん!!!」と言って前に倒れる事を自負している住職。
どこまで痩せ我慢をはれるのか?

何はともあれ、今日一日生かされている喜びを感じ取り、
一日を大事にしたいものである。

( ̄人 ̄)



得てして人間は勝手なもので
暖かいもの冷たいもの自分に都合の良いものになりやすい。

当寺においてもエコ推進寺院として以前から取り組んで
温度設定を掲げているものの…守られているのであろうか?
身の周りには小まめにとりかかっているつもりであるが
それはそれ勝手気ままになりやすい。

今朝も例によって近隣の人たちがゴミを拾いに
三々五々散っていく中、
住職も仕方なく一見真面目なふりをして
ついていっているが
所詮住職朝寝朝湯が大好きで♪
これが実状。(^^)ゞ



昨年はマスコミや出版会によく登場した。

今日も8チャンネル10時「よーいどん!」の
<となりの人間国宝さん>のコーナーで放送される。
また、27日には「スピリチュアル」という占い本の創刊号に
7ページにわたって掲載される。

元来、お祭り人間、楽しい事が好きな住職
いつの間にやら何やかんやとかり出される。

それはそれとして、謙虚な気持ちを常に忘れずに
誰でも気楽に入り易く賑やかで、
お客さんが絶えないお寺でありたいと絶えず願っている。

何はともあれ気楽な寺にしたいものである。(^^)




今朝一番も冷え込み。
池の氷も無論の事、手水はつららになって珍しい光景。

今朝は孫達も喜んで氷割をしている。
庭の木に差したミカンにメジロたちが群がってきている
そのメジロの木の下からは飼猫が睨みをきかしている
楽しい朝の一風景。

そんな中朝はやくから近隣の方たちがゴミを拾いに出て行った
無精な小生、一緒に一旦は出ては行ったが
一番初めに帰ってきた、ずぼらを絵に描いたようである。

巷は日曜日、街が静まり返っているのどかなひと時である
寺の法務員はそれぞれに鉄馬に跨り、
それぞれが疾風のように飛んでいく
今日の一日は値打ちがあるだろう
皆無事帰ってきて欲しいものである。

 



今朝も早くからミカンを切ってやるとすぐについばみに飛んでくる。
こんな都会の片隅に餌があるのがどうしてメジロはわかるのだろう?

スマートな姿で枝から枝へと
きびきびと動き回る姿に心が癒される。

例年の事であるが、この可愛らしい姿を見ると
毎日忙しい中でもミカンを切ってやろうという
心の余裕を持たせてくれている。
今日も慌ただしい一日となるであろう垣間のひとときである。

冬本番、今日から寒さが一段と厳しくなるらしい
世のお父さん達ご苦労様です。

 



昨年は当西栄寺もそれなりに頑張ってきたが、
おかげでいい意味でも悪い意味でも名前がでているようである。

そういえば、マスコミや出版界でも多々取り上げていただいた。
今年に入ってからもも「月刊仏事」1月号に、神戸のラジオ「FMムーブ」に
住職が生出演(http://www.saieiji.jp/radio.html)、
開運情報誌「Spiritual」創刊号<1月26日発売>に特集記事で掲載。

本人としては楽しんでやってるが、いつの間にやらこんなに目立ってしまった。
そのうち三面記事にでるのではないか?・・・と心配している。
そんなことないようにと思ってはいるものの、
やんちゃ住職、どこで間違うやら?逆に楽しみにしている族もおるのではないか?
くわばらくわばら・・ ( ̄Д ̄;;

出来るだけ目立たないように尽くしていきたいものである。



昨日は新しく取得した西宮布教所の大掃除と
雑木の除去や焼却としに7、8人で行ってきたが…
これまた大変であった。

雑木の焼却を二か所で焚き火をしたが
結果的には一部のみ片付いただけでまだまだ仕事を残してきた。
新しく西宮方面進出の足掛かりであるが、
西栄寺足跡に寄与できれば幸いである。

その中に新しい発見をした。
我が寺34名の人事は多方面からの寄り合い所帯であるが
普段あまり目立たない小田院代が造園、雑木伐採、開墾
こんなにも得意を発揮するとは思えなかった。
人それぞれやはり特技があるものだ
一日の使役に彼の目は一段と輝いていた。
半面住職、今朝から右腕は痛いし肘や腰は硬直、あわれな形相をていしている。

場所は西宮市山口町金仙寺湖である。
ゴルフ帰りに時間のあるもの寄るれたし
横には陶芸教室、前には三田屋があり丹波牛に舌鼓を打つのもよし
湖畔を眺むるもよし、来客には粗茶の一服などと考えている。

何と言っても車で7、8分の所に有馬温泉があり
帰りに皆で風呂に浸かってきた。
働き、汗をかいた後の風呂は最高!風呂上がりの牛乳も美味であった。

 



家族の一員が一人でも欠けると大きな戦力が失われる
この影響は大で企業にとっても同じである.

家内も目下病気で苦しんでいるが
それによって沢山の方に迷惑が掛っているにも関わらず
お見舞いにきてくださったり
励ましていただいたり嬉しい限りである。

昨日は不自由な身体を初めて身起こした。
その昔、子供を育てている時
「這えば立て、立てば歩めの親心」を実感したがまさにこの思いである
ちょっとしたしぐさでも良い方向に向かう兆しに感じ
家族としてはうれしいものである。

世の中には沢山の方が病に悩んでおられることであろう
肉体的にも精神的にもどんな病も大変だろうが
前向きに考えて欲しいものである。

立て!負けるな!強い意志を持て!



昨夜はFMムーヴの特別ゲストとして
約25分程ラジオに生出演させてもらった。

DJは若い首藤DJであるが、
他愛の無い私の話に比べると、さすがその道のプロ!
その語りに関心させられた。
音楽の合間に寺の事や、生い立ち、
又、目下発売中の本「こころの寺やんちゃ住職が行く」の事や
色々な事を話させて頂いた。

放送局としては小さな放送局であるが
若いスタッフが指示伝達できびきびと動き
仕事している姿に関心した。

生で出演したのはラジオ電話出演以外初めてであるが
面白い体験をさせていただいた。
我が寺も今月26日からインターネットラジオを
開始する予定であるが
これも面白い企画であろうか、
乞ご期待!



あちこち正月気分も抜け町は動き出していると実感、
巷のお父さん達もまたそれぞれ己に鞭打っているのか、
御苦労さまです。

今朝もよく冷えている
真っ青な空の彼方に飛行機雲が一筋、
町にも空にも
それぞれ大きな意志を持った働きバチが働いているのだろう。

庭の小さな植木にもメジロがやってきている
我が家の猫も昨日命を全うした
それぞれの命、考えさせられる。

諸兄諸君今日も一日お互いに命の尊さを考え
仏から与えられた命
今日も一日精一杯頑張ろう。

 



明けましておめでとうございます。

例にもれず今年もまた1日抜けてしまった、
今年は家内が入院中のため何となく寂しくはあるものの穏やかな正月である。
こうして寺にいると先客万来嬉しいかぎりである。

年の暮れには寒風吹きすさぶ中夕方まで餅つき、そして恒例の除夜会、
振舞ったぜんざいは一体何食食べて下さったのか、
今年もより多くの人が来て下さるのを楽しみにしている。
それにしても世話をして下さった方々本当にご苦労様でした。

元旦会は厳かな雰囲気の中に蝋燭がたなびいていた
神秘的な光である
静あり、動あり、西栄寺もこの一年この姿でいきたいものである。

 



 

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